原発事故で自主避難した私の生き方

福島からの自主避難者である「しすたー」の想いや考えを伝えます。

それでも黙らない

共謀罪は凶暴だ

こんにちは。

 

共謀罪、通ってしまいましたね。

牛歩は7人。

 

悲しいですね。

 

野党が野党としての機能を果たしておらず、「結局グル」と思わざるをえないような状況でした。

 

共謀罪は凶暴。

言いたいことが言えなくなる。

 

やましいことがあるんじゃないか?とか、

共謀罪に反対しているやつは在日だとか言っている人もいるけど。

やましいことって、ない人いるんですかね。

今回の法案は何をやましいとするかというのを国が勝手に決めて、

不都合だったらそれはやましいこととして定めちゃうわけだし。

在日??私、在日じゃないけど笑

 

安倍さん主導の政治が行われてるなーと思う。

何に焦っているのかわからないけど、きっとこうして強行採決までしてやらなきゃいけない理由があるんだろうね。

 

思い出話から気がついてしまったこと

それでもこの国の人は、沈黙している。

ただでさえ、原発事故後に口封じされて沈黙する人が増えたとは言え、

それが全国的にもっと広がりを見せることになるって相当やばいよなと思う。

 

今大切なのはひとりひとり、覚悟をもつということだと思います。

確固たる覚悟。

生き方のベースになるのは「安倍思考」ではない。

あくまでも自分の意思で動くという事が大切。

 

沈黙が生むのはなんだろう。

若者は、安倍支持が多いという報道を見たが、

変化を恐れていたり、自己犠牲が伴ってもいいから国を守るのが優先という言葉があった。

 

非常に今の若者らしいなと思うような発言だと私は思った。

長期政権になっているし、ころころと変わられても安定しないから嫌だ。

就職率が上がったから感謝してる。

これらは若者が自分の不安定さを身をもって感じているからこそ思うことなんだろうなと思う。

 

この間、バブルの時代に私ぐらいの年齢だった人と話したのだけれども、

若い頃は楽しかったよねということを話していた。

若いっていいわね!楽しいばっかりじゃない。って。

 

私は気がついてしまった。思い出話を楽しそうに話す姿をみて気がついてしまった。

若いから楽しいのではなく、その時代が非常に潤っていて楽しかったのだと。

 

私が60にもなったときに、若い頃を振り返っても、

楽しい思い出と言うよりか、大変な時代だったという印象でしか無い。

 

世界の変化に対して逆らうような日本の古いやり方にうんざりしていて、

若い人はただただ苦しいだけ。

 

そういう世の中だったとしか言えないだろうな。

強いて言えば、あ、ここまでよく生きてきたという感情になるかも笑

 

若者よ、落胆しても良いのだ

 

と私は自分にも言い聞かせたい気持ちになってしまった。

 

下手によろこんだり、嬉しがったりしてしまっている今の世の中は、お金を殆ど使わず、結婚もしない。別に楽しいことなんて特に無いし、生きているだけで良いという状況になっている。

 

それを年上の人はなんて冷めてるんだろうと言ったりする。

もっと愉しめばいいじゃないと。

 

滑稽だなと思う。

 

でもだからといって私達若者は同情してほしいわけではない。

 

沈黙という行動

若者はそういう意味で沈黙しつつ、行動として示しているのかもしれない。

仕事に行かなくなったり、

早期に生活保護をうけたり、

引きこもりになったり。

 

黙っていても変わらないのだけれども。言ったからと言って変わりゃしないような負の遺産をこの国は残してしまってる。

 

言うなら愚痴ではなく対案だろうな。

 

私は気持ちのある大人の人とこれからもつながりを増やして、アクションを起こしていきたいと思っている。沈黙という行動はあまり性に合ってない笑言わんと気がすまないタイプ。

 

なんだか決意表明のようになってしまった。

また更新します。

それでも黙らない

共謀罪は凶暴だ

こんにちは。

 

共謀罪、通ってしまいましたね。

牛歩は7人。

 

悲しいですね。

 

野党が野党としての機能を果たしておらず、「結局グル」と思わざるをえないような状況でした。

 

共謀罪は凶暴。

言いたいことが言えなくなる。

 

やましいことがあるんじゃないか?とか、

共謀罪に反対しているやつは在日だとか言っている人もいるけど。

やましいことって、ない人いるんですかね。

今回の法案は何をやましいとするかというのを国が勝手に決めて、

不都合だったらそれはやましいこととして定めちゃうわけだし。

在日??私、在日じゃないけど笑

 

安倍さん主導の政治が行われてるなーと思う。

何に焦っているのかわからないけど、きっとこうして強行採決までしてやらなきゃいけない理由があるんだろうね。

 

思い出話から気がついてしまったこと

それでもこの国の人は、沈黙している。

ただでさえ、原発事故後に口封じされて沈黙する人が増えたとは言え、

それが全国的にもっと広がりを見せることになるって相当やばいよなと思う。

 

今大切なのはひとりひとり、覚悟をもつということだと思います。

確固たる覚悟。

生き方のベースになるのは「安倍思考」ではない。

あくまでも自分の意思で動くという事が大切。

 

沈黙が生むのはなんだろう。

若者は、安倍支持が多いという報道を見たが、

変化を恐れていたり、自己犠牲が伴ってもいいから国を守るのが優先という言葉があった。

 

非常に今の若者らしいなと思うような発言だと私は思った。

長期政権になっているし、ころころと変わられても安定しないから嫌だ。

就職率が上がったから感謝してる。

これらは若者が自分の不安定さを身をもって感じているからこそ思うことなんだろうなと思う。

 

この間、バブルの時代に私ぐらいの年齢だった人と話したのだけれども、

若い頃は楽しかったよねということを話していた。

若いっていいわね!楽しいばっかりじゃない。って。

 

私は気がついてしまった。思い出話を楽しそうに話す姿をみて気がついてしまった。

若いから楽しいのではなく、その時代が非常に潤っていて楽しかったのだと。

 

私が60にもなったときに、若い頃を振り返っても、

楽しい思い出と言うよりか、大変な時代だったという印象でしか無い。

 

世界の変化に対して逆らうような日本の古いやり方にうんざりしていて、

若い人はただただ苦しいだけ。

 

そういう世の中だったとしか言えないだろうな。

強いて言えば、あ、ここまでよく生きてきたという感情になるかも笑

 

若者よ、落胆しても良いのだ

 

と私は自分にも言い聞かせたい気持ちになってしまった。

 

下手によろこんだり、嬉しがったりしてしまっている今の世の中は、お金を殆ど使わず、結婚もしない。別に楽しいことなんて特に無いし、生きているだけで良いという状況になっている。

 

それを年上の人はなんて冷めてるんだろうと言ったりする。

もっと愉しめばいいじゃないと。

 

滑稽だなと思う。

 

でもだからといって私達若者は同情してほしいわけではない。

 

沈黙という行動

若者はそういう意味で沈黙しつつ、行動として示しているのかもしれない。

仕事に行かなくなったり、

早期に生活保護をうけたり、

引きこもりになったり。

 

黙っていても変わらないのだけれども。言ったからと言って変わりゃしないような負の遺産をこの国は残してしまってる。

 

言うなら愚痴ではなく対案だろうな。

 

私は気持ちのある大人の人とこれからもつながりを増やして、アクションを起こしていきたいと思っている。沈黙という行動はあまり性に合ってない笑言わんと気がすまないタイプ。

 

なんだか決意表明のようになってしまった。

また更新します。

自分が本当にやりたいことってなんだ

模索模索模索。

なんでもやってみればいいじゃんって言われるんだけど、

どうも既存のものをやりたくない。

 

だれもやってないような事をやってみたいというのが私のワクワクすること。

 

うーん。

なんだろ。

 

そして私が今考えているのは、

ちょっとチャレンジなことだったりする。

でも、チャレンジに見えて、実はチャレンジじゃないかもしれない。

みたいなことをやろうとしている。

 

それは若者の社会情勢に関するヒアリングをおこなってそれにジョインってする大人がどれくらいいるのかってことをお話しようよっていう取り組み。

 

というのも、

今の若者ってやりたいこと、みんなバラバラ

 

でも大体共通しているのは、争いごとが嫌いなのと、

この世の中が糞だー!!って思ってること笑

 

ゆとりは思っても言わない。

空気読むからね。

大人がどんな顔するかとかよく見てる。

だから大人のいいように使われて社畜にされる率が非常に高いんだろうけど。

 

素直にできません。とか、

もっといちゃもんつけられればいいんだけど、

そういう事自体教育で圧力かけられてきたから、

発散できない子供時代をそもそも送ってる。

 

それが結局今の日本社会の若者のあり方そのものを表しているし、

何で若い人働かないの?っていう大人もたまにいるけど、

いや、働かないんじゃないくて、働けないんじゃないかな??って私は思ってる。

 

だったら、働きたくない人同士で働けるような世の中作ろうよって思う。

 

どんな会社だったら働きたいかなーとか、

どんな未来だったら生きてける?とか。

 

大人がよく、そんなの理想にしか過ぎないってよく言う話を沢山するようなカフェとかしてみようかなと思ってる。

 

んで、それに、うわ、おもしれーじゃん♪って言ってくれる人を募集する。

 

まあ、私がいいたいのは言いたいことを我慢しない若者を増やして、

現状を少しでも変えていきたいということ。

 

若者は金銭的に余裕が無い場合が多い。

でも、そこをなんとかして、やりくりできないかなーとも思っている。

確かにクラウドファンディングという方法もあるのだけれども。

 

私がやりたいことは、

お金を介在させないような世の中を実現するということ。

人の気持ちだけでやっていけるような世の中を作るということが私の夢。

 

実現するには本当に程遠いかもしれないけど、かならず達成したい夢。

夢というか目標だね。

 

お金がないと回らないとかもう世も末だよねと思う。

 

若者が何で生きにくいかといったら、

昔よりも圧迫されて、この皆が極限状態の時に、

どうもはじめましてって社会にいきなり参入しなくちゃいけないということ。

 

俺達の年になれば分かるよという年配の人もいるけど、

いや逆に若者と同じようにもう一回今の時代にやり直してみたら?とも思う。

 

そのくらい、年代差というかジェネレーションギャップがあるんだとおもう。

 

これは誰かを責めるわけにはいかないはなし。

 

とりあえず、若い人が求めている社会をまずは作ることから始めないと。

 

世直しだよね。間違いなく。

 

あと、若い人は農をやったほうがいいよね。

半農半Xという考え方で生きていかないと、

多分これからの日本、辛い。

 

北海道でとりあえず頑張ってみようとは思ってはいるけれども、

これだけの土地で畑をやっていても本当に自然農だけでやろうとおもったら、

農家が潰れちゃうくらいにいまのにほんの金融は終わっている。

経済が破綻寸前ということ。

 

それでもやらねばならぬことを結局やらねばならぬのだから、

やろうと思う。

 

なんだか最近頭の中がまとまらず、ブログがまとまらない(^_^;)

こんなときもあるか。

 

 

 

 

弱者が悪いのか

弱者が悪いのか

こんにちは。

今日は弱者が悪いのかという話をしたいと思います。

今、いろんなレッテルによって社会的弱者と呼ばれている人たちがいます。

まず、結論から言うと、

弱者が強者を作っている場合もあるということは憶えていたほうがいいかもしれないなということです。

 

勘違いしていただきたくないので最後までお読みくださいね。

 

レイプ被害をうけた詩織さんの件でなぜか詩織さんが叩かれるという事が起こっているようです。

ちょっと待ちなさいよ。って。

被害にあった女性が悪いっていいたいようなのですが、

では質問。

あなたの、娘、奥さん、彼女、お友達、がレイプにあっても同じこと言うんでしょうか。

誰がそんなこと言うような男と一緒になりますかね。

もしも、自分のパートナーや親がそういうこと言っていたら、

逃げたほうがいいです。

自分がそういうことになっても何言い出すかわからないですから。

お前が悪いって言ってくるかもしれません。

いざという時に味方になってくれるとは限らないんですよ。

 

それから、女性のかたで詩織さんを叩いている人。

まず、自分が同じことになるかもしれないということを何故考えないのでしょうか。

もしかして、レイプされたい人なのでしょうか。

それとも、レイプされるようなきれいな女になりたい??かわからないけど、変な意味の分からない嫉妬心みたいなものを感じて詩織さんを叩いてませんか?

 

酔っていただけでしょ?と言っている人も。

自分だったらとか身近な人だったらとかそういうこと考えないんですかね。

詩織さん、どういう気持でカメラの前にでてきたのでしょうか。

 

みっともない大人が多すぎます。

 

弱者になったのは弱者がわるい?

私は福島からの自主避難者。

福島県から来ましたというたびに視線を感じていたのを今でも覚えてる。

別に私が悪いことしたわけじゃないのに。

 

結局、安全だと思っている人にとって、

逃げるという神経が信じがたい神経に感じられるわけです。

結局想像力の欠如が問題なのです。

自主避難者=弱者と定義するのは誰なのかということです。

それがこの国では多くの場合、政治家が勝手に決めた決まり事で定義されてしまうわけです。

 

なんかこの国の人って感覚ずれてるなーと思います。

 

自殺者が多いことについてサッカーの本田選手が政治や社会のせいにするなということを投稿したそうです。

 

が、私はそうはおもいません。

今の日本の現状で日本のせいにするなって無理だと思います。

 

ただ、解釈を変えれば、日本の現状のせいにしたいくらい

この国は若者たちにとって腐ってるということでしょう。

そしてそのくらい生きていきにくいほどの状況が今現在進行形で進んでいるのだということを多くの人たちは気がついたほうが良いのではないかと思うのです。

 

それに、日本のせいだとおもって死んでもやはり、死にきれないだろうなと思うのです。魂の次元から考えても、とても悲しいことだと思ってしまうのです。

 

では、どうしたら若い人たちがより「生きる」方向に向かえるのかということを私は今ほんとうに真剣に考えています。お話会や人と会うたびに問題定義をしたり、話し合いをしたりしています。 

 

どうしたらいいだろう。

悩んでいるだけだと時間がもったいなさすぎて。

動きながらになってしまうのがこれがまた中途半端臭い気がしているのだけれども、仕方ない。だって、出来ることやらないと。やらないで1番後悔するの自分だし(^_^;)

 

腐ってる

 

多分、この国の政治や憲法が変わってもこの国の人は根っこから変わらないとなにも変わらないでしょうね。

 

根っこを変えるようなパフォーマンスを安倍さんは必死にしているわけです。ああいうものを洗脳と呼んでいるわけですが。嘘も平気でつくし。しかも、しらっと。

 

洗脳されて根っこが腐っていけば、その腐った根にあうような憲法や法律が出来上がれば、それにあっというまに染まりますし、適応します。

 

今、この国は腐っているわけです。

個々人が薄々何かが変だと思いながらも、何もできない大人たちに呆れた若者は、未来への希望を失います。

 

 

生きていても意味はないと自殺する若者たち。

それを逃げだと言うのか。

当事者の気持ちを考えない人たちばかりであきれます。

 

若者が腐ってるという人もいるかもしれないけど、

若者はフレッシュ。

悪いけどね。

でも、そのフレッシュさは、世の中の大多数が腐ってるから

それに巻き込まれやすいともいえる。

フレッシュな葉をあっというまに摘み取る。

しかも幼いときにね。

昔はそれでよかったのかもしれないけどね。

夢を持つことすらわからなかったという大人の嫉妬心が、

夢を自由に持とうとする子供を潰す。

 

人間はコマじゃない

弱者も強者も本当は区別が無いようにしなくちゃいけない。

でもね、わけたいみたいです。偉い、偉くないって。

 

謙遜の文化が結局こういう形を生み出したのかしらとも思ったり。

海外にはあまりないからね。謙遜とか。

 

なんやかんや、何がいいたいかって。

動ける人は動こう。生きる方向に。

それしか言えない。

 

動かされているようでは弱者も強者も結局コマでしか無い。

ひとりひとり、「生きる」という覚悟を持って動くことが必要なのだと思うのです。

 

ひとつひとつの言動がたとえどのようなことであっても

覚悟が伴うと私は考えています。

 

そのくらい、厳しい世の中になっているし、

たとえ幾つであっても自分の生について覚悟を持たなくてはならない場面に日本も来ているのだということを感じるのです。 

 

それはありのままの姿で。

「私」らしく、個性を大切にして。

多様性を認めて、一人ひとりが独立していきるという事が必要でしょう。

そのうえで人と人とが支え合うという関係性や、助け合うという人として当たり前の事をしていくことが必要なのだと思います。 

 

独立しようとして、孤立する人もたまにいますが・・・

そのことはまた違う機会に書こうと思います。

 

 

5月29日のお話会のこと

人生初:自分が企画したお話会

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こんにちは。

5月29日はお話会をしました。

原発事故に関わるお話会。

第一回ということもあり、人数こそ少なかったですが、

それでも、自分のベストを尽くせたお話会だったと思います。

自分が経験したということに基づく話はやはり人の心に届きやすいのかもしれないと感じました。

 

当事者意識はエゴなのか

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当事者によっても色々な考え方や捉え方があります。

なのでこの考えが正しいということを推進するわけにも行かないのですが。

ただ、大切なのは自分が何を経験し、一体そこでどのようなことを感じたのかということです。

 

確かにそれはエゴではないかという考え方もあるでしょう。

しかし、その経験談を必要としている人がいるという場合には、

その経験に基づく感情や思いというものを話しても良いのではないかと私は考えています。

ただし、あくまでも話す本人は「生きる」方向に向いた状態で話しをしなければなりません。なぜなら、相手に本意が伝わらなかったり、話を聞いたあとにただただ暗い気持ちになったりします。

 

そうではなく、きいた人が参考になるような話をしたいですよね。

私なら、これからどうやって生きていくのかということを自分の現状を踏まえて話をすることで一人ひとりが考えるきっかけづくりが出来たらいいなと思ってお話会を企画しました。「生きる」姿勢や覚悟が感じられることを周りの人には伝えていきたいんです。

 

「生きる」方向に向いた話をしたほうがいい

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じゃあ、道が見えずに困っている人はそういうお話会とかをしちゃだめなんですか!?といったらそうではないです。

 

困っているのだけど、「皆の意見が欲しい」という場合や、

話を聞いてもらって、「誰か話が分かるような人を紹介してほしい」という場合は是非お話会をしてみてほしいなと思うのです。

 

「困ってる」「辛い」「しんどい」「悲しい」など、ただの感情のぶちまけではなく、その先を見越した、その人が何がしたいのかという目的がはっきりさせましょう。そうしないと、そのお話会のコンセプトが伝わらないのです。あれ、このひと結局何がいいたかったんだ?となるパターンです。

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これ、私もお話会のプレゼンを作ったりする時に、すごく困りました。

というのも、なんとなくでしか伝わらないようなお話会を企画しようとしていたからです。

 

「辛かった」ということは分かる。

「なんとかしなくちゃ」ということは分かる。

でも何が伝えたいのかな?それ言ってどうするのかな?というイメージがついてしまうようなお話会を初めは企画してました。

 

意外とコンセプトを決めるって難しいなと思いました。

だって、ただでさえたくさんのことを話したいのに。

コンセプト絞ったら話せないこともでてくるべしたーと。

伝えるって難しいなと思いました。

 

散々悩んだ挙句・・・

第一回は、福島で起こったことの基礎的なことを中心に話をしました。

そのうえで、自分がどのような体験をしたのかということを付け加えて話を膨らましたりしました。

相手が欲しいとおもえるような情報を提供することがお話会では重要だなと感じました。

 

恋人同士でたまにあるのは、ネガティブキャンペーンばっかりされていていつの間にか話をするのも嫌になったというパターン。なんだか救いようがなさすぎて自分の無力感を味わったりしてしまうこともありますよね。

 

支え助け合うという関係性を作れるようなお話をするとすごく良いのではないかなと私は個人的に考えています。

 

 

たった二時間という時間でしたが、とても充実した時間になりました。

参加者の方から様々なお話もいただくことが出来、

自分のこれからの方向性もまたあらたに見えた1日になりました。

 

第二回

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第二回は7月に予定しています。

まだ予定なのですが、内容としては鎌仲ひとみ監督のDVDを見たあとに、

午後からは泊のことを踏まえた上で(もちろん六ヶ所や大間、幌延などの問題も確認しつつ)いざという時どうやって逃げる??ということや、

何を今のうちから準備しておくべき?

今私達一人ひとりができることは何かということなどを

グループワークを通じて考えていこうと思っています。

 

★気になる方はTwitterからご連絡下さい★

 

 

障碍を障碍にするかどうか

障碍

障碍があるかないかなんて、
見た目で判断なんて出来ない。
 
意思疎通が苦手な人だっているわけだし。コミュニケーションが取れない人もいる。
 
私からしたら、本当に悲しい。
弱者を救いたいという思いもありながらも、
それぞれの生き方は様々で。
ある程度のことはサポート出来ても、
最後のひと押しの部分は自分でやらなければならない。
 
権威や資格が無いと信用しないという人もいる。
人間としてどうしたいのか。
どうしているのか。どのように動いているのかということについて意識が及んでいるという人は非常に少ないだろうと感じているのだ。
 
言わなきゃわからん。
見えなきゃわからん。
 
たしかにそうなのだけれども、
そこから背景を読み取るだけの力や想像力があるかが大切なんだろうな。
 
でも皆が皆、そうやって人の背景や考えが分かるわけではないし、その性格すら理解することは不可能にも近い。
 
だから、悲しい。
障碍が目に見えないからと、虐げられているにも関わらず、
それすらも黙って胸の中に押し込めておくことしか出来ず。
 
 
私は悲しい。
目に見えるものだけが障碍ではないんだよ。
というか障碍なんて無いんだと私は考えてる。
それぞれ、ギフトなんだから。
 

ギフト

それを障碍とするのか、ギフトとして自分が使いこなすのかただそれだけ。
 
原発事故でもなんでもそうだけど、
自分をただの被災者としてかわいそうな人になるのか、
それとも、それを自分がひとつのけいけんとして活かすのかということとは全く違う人生の選び方になる。
 
学び取ること。
失敗を失敗で終わらせない。
人は、失敗を失敗に終わらせていると言い訳がしたくなる。
だってお母さんが。だってお父さんが。
だって仕事が。だって学校が。
そんなの言い訳にしか過ぎない。
確かに、その言い訳をしなければならない社会背景について、この国はとくに悲惨なことが起こってる。
 
悲しいことだと思う。
 
 

この国は戦前か

この国を変えたいですといっても、
この国の人はもう、それだけでは変えられないギリギリの所まで来てる。
 
ただのデモでは話にならない。
官邸に殴り込みに行くぐらいの気合がないと駄目。
ブルドーザーで国会議事堂を取り壊すくらいの勢いがないとやってられない。
 
そうしたことをいって捕まる人が、戦前にたくさんいた。
治安維持法に引っかかって。
 
言論統制がなされていく。
馬鹿じゃないかと思う。
 
正しいことを言っている人が虐げられている。
昔からそうだよ。ってそうじゃなくて、
どうして、それをあなた達の世代が変えようとしてこなかったんですか?と私は聞きたい。
でもそれを続けると、私の上の上の上の上の上の・・・という世代がそもそも間違っていたと皆たらい回しにする。
 
んなラチ開かないからやめよ。
 
もう、皆で腹くくってかえるしかないんだよ。
そんな大人に負けないで。
 

自分含めて「大人」に負けんな

言い訳する大人は置いておいて、
若者は動ける大人を探そうよ。
 
大人は言い訳してないで、その知識を伝えるためにもっと大々的なイベントをしたり、何か勉強会でもいいから開けばいい。
 
仕事してれば貢献なんて、もう手遅れ。
それ以上やらないと、若者皆死ぬよ。
 
危機感無い大人が多すぎる。
子供の虐待や自殺が増えてしまったのはそのせいでもあるよ。
若い人、子供に罪はない。
 
30代の人はかわいそうだけど、
板挟みで散々な目にあってきたと思う。
 
でも、それでも、立ち上がってほしいし、自分ができることで動いてほしい。
 
とにかく、20代までの人間に、なんでもお荷物付けて
あとよろしくって言ってんじゃないよ。
 
真剣になろうよ。
 
助け合おうよ。
 
真面目に諦めてる大人ダサい。
 
開き直ってる大人、ほんとにダサいからね。
 
気持ちはわかるけどダサいのには変わらない。
 
もっと真剣になった時に、
人はどんな姿でもなりふりでもかっこよく見えるんだよ。
 
カッコじゃない。
中身だよ。真摯さや、謙虚さ。誠実さ。
良い子ちゃんやめよう。(←これは自分に対して)
 
死に物狂いでやってこ。
ほんとに。
何やるにしても命がけだよ。本当に。
 
 

金がなくともやることは変わらない

こんにちは(=^・^=)

今日は通帳残高ピンチについてです。

ほら言わんこっちゃない。仕事辞めて、自分の好きなことするって大変なんだぞ!

と、色んな人からのツッコミが来そうです笑

 

ということで、山形に帰ります。

とは言いたくない。

 

就職先、見つかるかなと思いつつ、

ハラハラもしつつ、腹を括りつつの毎日です。

派遣の登録に行ったはいいものの、

短期の仕事は埋まっていて、長期のコールセンターしかないという現状。

コールセンター。私にとってはもはやトラウマでしか無いコールセンター笑

 

食べていくにはそんなこと言ってられないでしょ

というお言葉も然り。もちろんそうだと思います。

この国で好きなことして生きてる人自体が少ないよというお言葉も然り。

もちろんそうだと思います。

 

でも、そこに安住して、

どうせ無理なんだからと、諦めてしまってよいのでしょうか。

これが原因で、この国には弱者という存在が絶えないのではないですか?

 

農業でもすれば?

本当にそう思います。

そろそろもしかして、本当に農業を本格的にする時期なのかもしれませんね。

体力がないことと、高校生の時の名残が抜けなくて困っているという感じですね。

ダメージそのへんは負いすぎました(^_^;)

富良野のバイトもそろそろはじまりますよね。行こうかな。

 

この際だからいろんなことに挑戦してみたいなと考えています。

独り身だから出来ることもたくさんある。

自分を信じることができるようになって、かなり直感的な生き方ができるようになってきたなと思います。

お金がないのにワクワクしているやつがここにいます笑

若いからかもしれない。でもどうだろう。おばあちゃんになっても意外とこんな調子かもしれない笑

 

告知

5月29日にお話会を開きます。

個人FBをご存知の方はそちらから案内させていただきます。

お話会は全部で5回開催予定。

 

「生きる」という覚悟

当時15歳だった私が伝える原発事故

 

第一回は「生きる」という覚悟

原発のことも放射能のことも何も知らないという人や、一度でいいから、被害に受けた人の生の話をきいてみたいという方に向けたお話会を実施。当時15歳だった私は現在22歳。ここまでの7年を振り返って赤裸々に話をします。共謀罪もはじまろうとしている日本。皆能面のように暮らしている。子どもたちにこの国大丈夫なの?と聞かれたらどうしますか。関係ない、大丈夫と答えますか?大人たちへの警鐘を鳴らします。

 

第二回映画をみて考える原発事故

予定では鎌仲ひとみ監督の映画を主にして開催予定です。

内部被曝を生き抜く」「小さき声のカノン」

映画の鑑賞のあと、座談会を開いて、それぞれの意見交換回も開きます。

 

第三回私たちはこれからどうやって生きていけばよいのか。

何かしなくちゃいけないとは分かっている。でもどのように生きていけばよいのか術が見つからない。そんな悩み、皆で共有しませんか。共有した後にアクションに起こすためのプランニングも一緒にしましょう。独りでできないことも皆でやればできる。

 

第四回トークライブ

私の独断と偏見で、トークライブをする方を選び、一緒にトークライブします。

当時のことやこれからのこと。

悲観しているだけでは何も始まらない。一緒にできることを考えてアクションしましょう。

 

五回実施予定です。

参加費はそれぞれ五〇〇円です。

第二回に関しては研修室を借りる場合がありますので、

金額の変動があるかもしれません。ご了承下さい。

 

たとえ残高があろうとなかろうと、

やることは変わらない。

アクションをしなければならない。

 

突き動かされるように活動しています。

 

また、更新します。