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原発事故で自主避難した私の生き方

福島からの自主避難者である「しすたー」の想いや考えを伝えます。

障碍を障碍にするかどうか

障碍

障碍があるかないかなんて、
見た目で判断なんて出来ない。
 
意思疎通が苦手な人だっているわけだし。コミュニケーションが取れない人もいる。
 
私からしたら、本当に悲しい。
弱者を救いたいという思いもありながらも、
それぞれの生き方は様々で。
ある程度のことはサポート出来ても、
最後のひと押しの部分は自分でやらなければならない。
 
権威や資格が無いと信用しないという人もいる。
人間としてどうしたいのか。
どうしているのか。どのように動いているのかということについて意識が及んでいるという人は非常に少ないだろうと感じているのだ。
 
言わなきゃわからん。
見えなきゃわからん。
 
たしかにそうなのだけれども、
そこから背景を読み取るだけの力や想像力があるかが大切なんだろうな。
 
でも皆が皆、そうやって人の背景や考えが分かるわけではないし、その性格すら理解することは不可能にも近い。
 
だから、悲しい。
障碍が目に見えないからと、虐げられているにも関わらず、
それすらも黙って胸の中に押し込めておくことしか出来ず。
 
 
私は悲しい。
目に見えるものだけが障碍ではないんだよ。
というか障碍なんて無いんだと私は考えてる。
それぞれ、ギフトなんだから。
 

ギフト

それを障碍とするのか、ギフトとして自分が使いこなすのかただそれだけ。
 
原発事故でもなんでもそうだけど、
自分をただの被災者としてかわいそうな人になるのか、
それとも、それを自分がひとつのけいけんとして活かすのかということとは全く違う人生の選び方になる。
 
学び取ること。
失敗を失敗で終わらせない。
人は、失敗を失敗に終わらせていると言い訳がしたくなる。
だってお母さんが。だってお父さんが。
だって仕事が。だって学校が。
そんなの言い訳にしか過ぎない。
確かに、その言い訳をしなければならない社会背景について、この国はとくに悲惨なことが起こってる。
 
悲しいことだと思う。
 
 

この国は戦前か

この国を変えたいですといっても、
この国の人はもう、それだけでは変えられないギリギリの所まで来てる。
 
ただのデモでは話にならない。
官邸に殴り込みに行くぐらいの気合がないと駄目。
ブルドーザーで国会議事堂を取り壊すくらいの勢いがないとやってられない。
 
そうしたことをいって捕まる人が、戦前にたくさんいた。
治安維持法に引っかかって。
 
言論統制がなされていく。
馬鹿じゃないかと思う。
 
正しいことを言っている人が虐げられている。
昔からそうだよ。ってそうじゃなくて、
どうして、それをあなた達の世代が変えようとしてこなかったんですか?と私は聞きたい。
でもそれを続けると、私の上の上の上の上の上の・・・という世代がそもそも間違っていたと皆たらい回しにする。
 
んなラチ開かないからやめよ。
 
もう、皆で腹くくってかえるしかないんだよ。
そんな大人に負けないで。
 

自分含めて「大人」に負けんな

言い訳する大人は置いておいて、
若者は動ける大人を探そうよ。
 
大人は言い訳してないで、その知識を伝えるためにもっと大々的なイベントをしたり、何か勉強会でもいいから開けばいい。
 
仕事してれば貢献なんて、もう手遅れ。
それ以上やらないと、若者皆死ぬよ。
 
危機感無い大人が多すぎる。
子供の虐待や自殺が増えてしまったのはそのせいでもあるよ。
若い人、子供に罪はない。
 
30代の人はかわいそうだけど、
板挟みで散々な目にあってきたと思う。
 
でも、それでも、立ち上がってほしいし、自分ができることで動いてほしい。
 
とにかく、20代までの人間に、なんでもお荷物付けて
あとよろしくって言ってんじゃないよ。
 
真剣になろうよ。
 
助け合おうよ。
 
真面目に諦めてる大人ダサい。
 
開き直ってる大人、ほんとにダサいからね。
 
気持ちはわかるけどダサいのには変わらない。
 
もっと真剣になった時に、
人はどんな姿でもなりふりでもかっこよく見えるんだよ。
 
カッコじゃない。
中身だよ。真摯さや、謙虚さ。誠実さ。
良い子ちゃんやめよう。(←これは自分に対して)
 
死に物狂いでやってこ。
ほんとに。
何やるにしても命がけだよ。本当に。
 
 

金がなくともやることは変わらない

こんにちは(=^・^=)

今日は通帳残高ピンチについてです。

ほら言わんこっちゃない。仕事辞めて、自分の好きなことするって大変なんだぞ!

と、色んな人からのツッコミが来そうです笑

 

ということで、山形に帰ります。

とは言いたくない。

 

就職先、見つかるかなと思いつつ、

ハラハラもしつつ、腹を括りつつの毎日です。

派遣の登録に行ったはいいものの、

短期の仕事は埋まっていて、長期のコールセンターしかないという現状。

コールセンター。私にとってはもはやトラウマでしか無いコールセンター笑

 

食べていくにはそんなこと言ってられないでしょ

というお言葉も然り。もちろんそうだと思います。

この国で好きなことして生きてる人自体が少ないよというお言葉も然り。

もちろんそうだと思います。

 

でも、そこに安住して、

どうせ無理なんだからと、諦めてしまってよいのでしょうか。

これが原因で、この国には弱者という存在が絶えないのではないですか?

 

農業でもすれば?

本当にそう思います。

そろそろもしかして、本当に農業を本格的にする時期なのかもしれませんね。

体力がないことと、高校生の時の名残が抜けなくて困っているという感じですね。

ダメージそのへんは負いすぎました(^_^;)

富良野のバイトもそろそろはじまりますよね。行こうかな。

 

この際だからいろんなことに挑戦してみたいなと考えています。

独り身だから出来ることもたくさんある。

自分を信じることができるようになって、かなり直感的な生き方ができるようになってきたなと思います。

お金がないのにワクワクしているやつがここにいます笑

若いからかもしれない。でもどうだろう。おばあちゃんになっても意外とこんな調子かもしれない笑

 

告知

5月29日にお話会を開きます。

個人FBをご存知の方はそちらから案内させていただきます。

お話会は全部で5回開催予定。

 

「生きる」という覚悟

当時15歳だった私が伝える原発事故

 

第一回は「生きる」という覚悟

原発のことも放射能のことも何も知らないという人や、一度でいいから、被害に受けた人の生の話をきいてみたいという方に向けたお話会を実施。当時15歳だった私は現在22歳。ここまでの7年を振り返って赤裸々に話をします。共謀罪もはじまろうとしている日本。皆能面のように暮らしている。子どもたちにこの国大丈夫なの?と聞かれたらどうしますか。関係ない、大丈夫と答えますか?大人たちへの警鐘を鳴らします。

 

第二回映画をみて考える原発事故

予定では鎌仲ひとみ監督の映画を主にして開催予定です。

内部被曝を生き抜く」「小さき声のカノン」

映画の鑑賞のあと、座談会を開いて、それぞれの意見交換回も開きます。

 

第三回私たちはこれからどうやって生きていけばよいのか。

何かしなくちゃいけないとは分かっている。でもどのように生きていけばよいのか術が見つからない。そんな悩み、皆で共有しませんか。共有した後にアクションに起こすためのプランニングも一緒にしましょう。独りでできないことも皆でやればできる。

 

第四回トークライブ

私の独断と偏見で、トークライブをする方を選び、一緒にトークライブします。

当時のことやこれからのこと。

悲観しているだけでは何も始まらない。一緒にできることを考えてアクションしましょう。

 

五回実施予定です。

参加費はそれぞれ五〇〇円です。

第二回に関しては研修室を借りる場合がありますので、

金額の変動があるかもしれません。ご了承下さい。

 

たとえ残高があろうとなかろうと、

やることは変わらない。

アクションをしなければならない。

 

突き動かされるように活動しています。

 

また、更新します。

たましいのたび

 

水色や青。

緑、色んな色の魂が混ざり合って、

黒い海に消えていった。

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空を漂っていくけれど、

橋を渡りきれなくて、

見つけられなくて、

ここに残ってしまった。

 

水色や青。

緑、色んな色の魂が混ざり合って、

叫び声になってうめき声になって、

混ざりあった。

 

憤っていて、虚しくて、悲しんで、

ずっとそこに残っている。

 

癒やされることも知らず、

海の底で光が漂い続ける。

 

その魂の声に応えるように、

風が囁いて、

海がきらめいて、

森がざわめいて、

行き場のない想いを引き込む。

 

行き場のない魂が、

燃え立つような想いを森に託して、

冷めきった想いを海に託して、

虚しさを空に託して、

かえろうとしてる。

 

行き場のない魂が、

愛を求めて、かえりたいと願ってる。

 

かえりたくてもかえれない。

癒やされない魂が毎年、

決まった時期に

一斉に動き出す。

 

 癒やされぬ魂のたび。

終わりのないたましいのたび。

「大人」たちへ

 

ねえ、放射能って怖いの?

安全だよ。安心だよ。安全じゃないよ。安心じゃないよ。

笑ってれば来ないよ。

チェルノブイリ原発事故では沢山の人が苦しんだんだよ。

 

げんぱつって何?

ほうしゃのうって何?

ちぇるのぶいりって何?

 

何にもこの国は教えてくれなかった。

「平和」な国なのに。

何もこの国の大人は教えてくれなかった。

「常識」を大切にする「良心的」な大人なのに。

 

ねえ、どうして大人はこうやって嘘をつくの?

さあねえ。そういえば宿題はしたの?

 

どうしてウソを付くのか。

どうして常識なんてあるのか。

どうして学校にいみがあるのか。

どうして働くことにいみがあるのか。

 

何にもこの国は教えてくれなかった。

「平和」な国なのに。

何もこの国の大人は教えてくれなかった。

「常識」を大切にする「良心的」な大人なのに。

 

ねえ、どうして・・・

うるさいわね。黙ってなさい。いつまでも泣いてるんじゃないよ。

 

私は泣けなくなって、

私は悲しくなくなって、

私は嬉しくなくなって、

私は楽しくなくなった。

 

手のひらから何もかもが滑り落ちて、

何にも感じなくなって、

何もしたくなくなった。

 

いっぱい自分を傷つけた。

いっぱい周りも傷つけた。

 

愛が欲しかった。

でも満たされなかった。

 

いっぱい自分を傷つけた。

いっぱい周りも傷つけた。

 

優しさが欲しかった。

でも満たされなかった。

 

いっぱい自分を傷つけた。

いっぱい周りも傷つけた。

 

お前は黙ってろと。

何か私はまちがったことを言っただろうか。

今日も空を見上げる。

何も理解してもらえない。

ぶつかる。ぶつかる。

 

 皆辛いんだよ。いつまでも泣いてるんじゃないよ。

私は辛いと思っちゃいけないんだろうか。

泣いちゃいけないんだろうか。

今日も空を見上げる。

何も理解してもらえない。

すれ違う。すれ違う。 

 

良い子を演じて、

働いて、常識を身に着けて、

カオナシになっていく。

能面になっていく。

 

何もかも信じられなくなって、

私も能面になっていく。

 

何にも感じない。

何にも思わない。

そういう「大人」になっていく。

 

「平和」な国なのに。

「常識」を大切にする「良心的」な大人がたくさんいるのに。

 

ゆるふわスピはお嫌い

フリーライターってこんなに安請けなのか・・・

それが最初の印象でした。

物書き舐めてるなーと思いました。

というか家で仕事するという人たちがどういう人達なのかということを理解してないよなーと思うのです…。

 

私なんて確かにエンパスだし、シンパスでもあるから(つまることろ霊媒体質)

本当にわけがわからないようなことが日常的に起こったりするんです。

会社に勤めてても目の前の人、会社の人が何を考えているかも、どんな感情かもすぐに分かってしまう。嘘も悪口も、すぐに分かってしまうし、悩んでるなーという人も、病気持ってるんだなーという人もなんかもやもや伝わってきてしまって。

 

だからといって仕事しない!というのは傲慢だなと思い、

自宅でデキる仕事をしてみようと思って始めたライターの仕事。

 

請負で3000字書いて良くて1500円程度。

それってどのくらいかって。一時間で簡単で楽な記事ならたしかに3000字書けるんだけど、そうじゃないときもある。そうじゃないときのほうが多いといったほうが良いのかな。

 

それでもこれで食べてイケてる人がいるんだからすごいわ。

尊敬します。

私は文章を書くのも読むのも好きだから、かなりかける方ではあるのだと思います。

クライアントからも提出が早いことを驚かれたり、

指摘する部分が少ないからホント助かるということも言われます。

ただ、やってて思うのは、

あー意外と向いてなかったということ。

意外すぎて笑えちゃう。

 

私が書きたい分野

例えば自己啓発系であったり、どっちかというとスピっぽいこと。

震災のこと、原発事故のこと。

自分の経験がとにかく誰かに活かされるということをのぞんでいます。

他の人が絶対に経験してないことだと思っていますし、

私にしか発信できないことがあると思うからです。

 

高次元のエネルギーを持った人との関わりが私を本当に力づけてくれます。

沢山の人に囲まれながら、いろんなことが出来ています。

ライターの能力、物書きの能力は多分、私の場合そっちで使うものなんですね(^_^;)

 

原発事故とスピ!?

もともと、

笑顔でいれば放射能はきませんよ。

といった山下俊一は、半分当たってて半分間違ったことをいっているわけです。

確かに精神的な問題というのは病気と非常に大きな関係があります。

病は気からというように。

しかし、放射能というのがなぜやばいのかというと、

DNAをとにかく傷つけます。

それが治ろうとして結合した時に、今までの順番ではない順番でDNAが再生してしまう。

そのことによって奇形児が生まれてしまったり、病気になったり。

もともと、体弱かったり、アレルギーを発症していなかったひとたちが病気になったりするわけです。

 

病は気からというので、場合によっては低級霊で病気になったりする場合もあります。私も、精神的に病んでいるという場合には、自分が今そういう状態なのだということを理解してまずは体を清めることを優先します。瞑想したりお祈りしたり。←これ重要。

 

寄せ付けない強さをもって、人と対峙できればよいのですが、

やはりそれはそれで疲れるんですよね。

時間が立てばある程度復活するというのはあるので、休めばなんとかということもあります。

それでも社会生活は普通に難しいですね。今ではそんなに困らなくなりましたが。

神さまに任せることにしたので。

自分の直感を信じて、全てを神様に委ねることで、自然と、シンプルに物事が流れていくということが分かってきました。

 

病は気からというような考え方はスピというより、療法に近いと思います。

私自身が今やっていることも今のスピというより、

療法にちかいのでしょうね。

 

ゆるふわスピはお嫌い

ただ、私は、ゆるふわスピは好きではありません。

なんでも楽しいことをやればいいのよ♡

なんでもニコニコしてればいいの♡

だってそういうものしか来ないもん♡って。

そんなの現実見てないよなと思います。

 

善し悪し合わせて、闇と光があって、初めてこの世界は成り立ってる。

闇に集まるものもあれば、光に集まるものもある。

常に表裏一体。

闇も光もあるけど、無い。

(ちなみに放射能は、中身は「闇」です。光なんですけどね。だから人は勘違いする。安全だとか、安心だとかね。)

私はやはり、札幌にいても尚、放射能のことは心配ですし、

戦争はしたくないです。

そして、やはり、そういう歴史の癒やしというのは必要だし。

歴史の癒やしは私達が歴史を知るところから始まるのではないかと感じています。

 

私は特に東京近辺でゆるふわで高いコストを要求するようなスピの人たちに疑問をいだいています。どうしてそこにいるのかな?・・・と。

本当のスピのひとなら、その場所を選ばなような気もするのですが・・・。

ちょっと私には理解できないです。ごめんなさい。

スピという言葉がミーハー化してしまったのも本当に悲しいことだなとも思います。

私の中で嫌悪感がでてくるんですよね。

言葉の気が悪いというか。もっと別な言い方ないのかしらと思ったり。

私の先入観かな(^_^;)

 

ただ、沢山のひとが、生きるという方向にすこしでもシフトしていったら、

もっと世の中は良くなるはずだと思っています。

 

神様からの贈り物

生まれながらにもって生まれてきたものってあるんですよね。

どうしても逆らえないものがあるといえば良いのでしょうか。

本当にふしぎだなと感じています。

神様からの贈り物です。

大切にしたいと思います。

 

ライターの仕事の片手間で、アクセサリーやイラストを描いています。

よかったらネットショップしているのでお店に遊びに来てくださいね。

特にエンパスの人向けのものです。

愛をより感じたいという人や、インスピレーションを感じたいという人向けのお店を展開してます。癒やしのお店だと思ってもらえればそれでいいかな。

 

気も安定期に入ってきています。

自分一人になる時間も本当に必要なんですね。

私にとって一人の時間が今では至福の時間です。

一人の時間もあって、誰かと会う時間もある。

そのくらいが今の私にはちょうどいいみたいです。

 

また、更新します。

震災・原発事故の体験を話す覚悟

シンクロニシティ多い

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こんばんは。

最近、シンクロニシティが多くて驚いています。

さて、もう自分の体と心と魂が追いつくのが大変なくらい、

いま、私の周りはすごいスピードで動き出しています。

 

必要な人脈と繋がることが出来、本当に感謝が絶えません。

 

ありがとうございます。

 

経験語る時が来た

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私は今月末あたりから、自分の震災・原発事故の経験を話す座談会をしようかと考えています。

 

共謀罪かーとか、なんかバッシング来るのかなとか、

そういう不安も無くはないです。

でも、私の魂が答えを知ってるので、

ためらわずにやろうと思ってます。

自分の中でタイミングがやってきたなーと感じているんです。

 

内容ちょっと覗き込み

 

まずは15人規模でやろうかと企画しています。

 

私のトークでほぼ終わってしまうんじゃないかな笑

なーんて。

グループでいろいろ話し合ったり、

お互いの事を知るためのワークとかもする予定です。

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このくらいの福島の地図を出したりして原発事故の規模を説明することはありますが、

ガッツリ何マイクロシーベルトがぁぁぁ!!とかそういう話ではなく、

もっと根本的な話をしたいなと思ってます。

原発事故のことは知識で分かってても、動けない人、動かない人もいるので。

根本は知識ではないんですよね。。。

参加費については500円を予定しています。

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私にしか話せないこともたくさんあると思います。

福島での原発事故の当時のこと。

自分が15歳だった時のあの経験は忘れたくても忘れられません。

あの時からの私の時間を多くの人に話したいと思います。

 

魂の声を発することは本当に難しい。

心の声を発することすら難しいのに。

最近、色んな人と原発事故のときのことを話しているせいか、

喉というか、なんというか、

違和感を感じています。

体というより、なんだろうな。。。

表現できない違和感笑

5チャクラがビビって閉じようとしてるのが感じられるといえばいいのかな(^_^;)

座談会ではビビリが発動しないようなスタッフ・メンバーも入れつつ、

自分によいコンディションも準備しようかと思ってます。

 

自他共にご自愛しましょう

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もっと自分に素直になれればいいのになーと自分を毎日励ましています。

ご自愛大切です。

 

自分をいたわれない人に、

人のことはいたわれないだろうなと思います。

 

私もまだまだ、自分をいじめたがり。

未熟ですね。

 

もっと大事に。大切に。

私も貴方も大切な1人の人。

1つの魂を持ってる。

 

繋がれるように。愛が届くように。分け合えるように。

与え合えるように。溢れるように。

 

沢山の人が「生きる」ことを真剣にできるようにするお手伝いが出来たら、

幸いです。

 

では、また更新します。

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愛のあるイベントに参加して

障碍者の魂

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今日はイベントに参加してきました。

障碍を持つ方と一緒に音楽を楽しむイベントでした。

その会場の気がすごく良かった。

言葉に表現できないくらいに。

暖かさも感じるイベントでした。あー。これが無償の愛なんだと。

 

草間彌生という人

 

ところで、少し話がずれますが、

草間彌生というアーティストは統合失調症だと言われています。

 

奇抜とも言えるあの色を彼女が選んでいる理由。

私の勝手な憶測ですが、あれは魂の個性だと思ってます。あの色は。

それこそ人間味こそある魂の色。

 

凄い。本当に。
曖昧さを残さない美しさ。その魂たるや。

 

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今日、イベントに参加して、障碍を持つ人の魂が本当に美しく見えたのです。

彼らは本当にありのままの姿で生きることの意味を明確に教えてくれました。

 

生きるということはそんな生ぬるくない。

それこそ、ドロドロもしていれば、人間らしさもある。

でも、障碍を持つ人には建前なんてものは存在しない。

自分を取り繕うということもしない。

本当にありのままの自分を表現するとてつもない力を持っている。

 

神様からの贈り物

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命は、その存在は神様からの贈り物。

神様から皆愛されている。

そのことを実感する1日を過ごしました。

 

本当に大きな愛に包まれている。

神に祝福されている。そのことを心から感じるイベントでした。

 

生まれたこと、出会えたことに感謝しかありません。

すべての人が本当に神様から愛されているんだと感じました。

私たちは一体何に患っていて、何に翻弄されているのかということを考えさせられました。

 

かけがえのない存在。

皆がそう。

欠けて良い人なんていない。

 

皆が美しく、そして、素晴らしい。

 

草間彌生にははっきりとそれが見えるのでしょう。

私にはその愛や優しさと言うものをふわふわした色彩で描くのが好きですが、

彼女のようにその人間たるや魂をしっかり捉えて表現できるということもやはり、素晴らしいし、真似出来ないと思いました。

 

今日、出会ったひと、すべての人に感謝です。

本当に、ありがとうございます。

 

また、更新します。