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原発事故で自主避難した私の生き方

福島からの自主避難者である「しすたー」の想いや考えを伝えます。

初めてのミニ講演会

みなさんこんばんは(*^^*)
また日が開いてしまってすみません。
私は山形県に自主避難しているものですが、さてさて・・・。
山形県のとある公の場で当時のこと、今までのこと、これからのことを話させていただきました。
時間オーバーで本当に申し訳なかったのですが、40分ほど話してしまいました。
話を聞いてくださった人から
「ありがとう。考え方変わったよ」「自分のこととしてもっと真剣になります。」
とお声かけいただきました。
当事者が何を話しても結局は出口が見えないんじゃないか・・・と私は正直諦めてもいました。
しかし、その一方で、福島県(他汚染地帯)に住んでいる人の中には、声をあげることすらできない人もいます。
よく福島県のお母さんたちが、除染をしたり、遠い産地の食べ物を探していたりしますよね。
私はそういうお母さんたちの姿を見て、いろんないみで正直目を背けたくなります。
それは、我が家は避難したけれども、多くの人が残った。そう考えると、罪悪感が出てくるのです。
罪悪感はかんじなくていいんだよとよくいろんな人から言われます。
しかし、やはり、残した友人たちをおもいだすと、本当にやりきれません。
もし、私に、国の予算を動かす力があったら、
福島に住む人を全員避難させたかった。。。
大好きだったひとのそばにもっといたかった。
どんなに泣いたかわかりません。
孤独を味わって、泣いたかわかりません。
いつしか、涙も枯れて、何も考えられなくなって、今はもう泣けません。
本当に私が肩を震わせて、大きな声でまるで幼い子供のように泣けたら・・・。
もし、誰かの胸で泣けたらどれだけあの時楽だったでしょうか。
避難者はいいよね。避難できたんだから。
そんな風に言われることもあるでしょう。
しかし、当事者にしかわからないことがあるということは、皆さん自身もよくわかっていることと思います。
確かに我が家は恵まれています。
ですが、心の傷を比較することはナンセンスです。
当事者が話さなければ、福島県民同士の軋轢はどうすることもできません。
他の誰かが、私たちの溝をうめることはできないのです。
互いの歩み寄りが鍵を握ります。
私は、発信することをやめるつもりはありません。
まだ、私自身も山形という汚染地帯にこうしているわけですが、
ここにいるからこそできることがまだあるようなきがしています。
・・・命を仮にいまこうしている間も削っているのならよりよい生き方をしたいと私は思います。