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原発事故で自主避難した私の生き方

福島からの自主避難者である「しすたー」の想いや考えを伝えます。

リスクと言う名の怪物

皆さんこんばんは。

今年も良い年になりますように。

北海道に4月から移住したいと考えていましたが・・・。なかなか・・・。

親戚や両親が反対し始めました。

だから何なんだということなのですが。

私自身の中でも、自分が思った以上に迷いというものがあるようです。

残り1年しか無い大学生活をここで送る意味。

私にとって、今の生活は無意味です。

編入して、政治や憲法を学ぶということがいかに、これからの社会に結びつかないかということも私自身思い知りました。あくまでも、知識の蓄えでしかすぎず、学んで社会を変えようなどということは、今の世の中ではどれだけ無意味なことか・・・と思っています。

私の事を応援してくれている人がたくさんいます。

北海道に行くということを祝福してくれた人がたくさんいます。

私の体があと1年も持ってくれるのか。

いえ・・・私の体が後1年も待ってくれるのか・・・。

私は自分の体に問いかける日々を送っています。

どうせ、何をしても無駄なんだ・・・。

どうせ、私の体は治らない・・・。

そんなことを後1年も考えながら生きていくのかと思うと・・・。

それこそKさんにも本当に申し訳なくなるし、Twitterの人たちにたいしても、結局はそうなんじゃん・・・と思わせてしまう。何よりも・・・自分に申し訳ない気持ちにもなります。

後1年をどう捉えたらいいのか。

1年で残りの人生を買ったと思えばいいのか。

短大卒というレッテルを買うため残るのか。

それだったら、私は無意味だと感じています。

もしも、かりに、残り1年を最後の節目として考えるのであれば、

半年で単位をとって、残りの半年を、北海道で過ごすという方法です。

それこそ、お金の無駄になりますが。

そんなに私に残れというのか・・・。

でも、私の準備も遅かったということはあります。

そこはみとめなければなりません。

もっと貯金して置かなければならなかった。

向こうのことをもっと知っておかないと、向こうに行ってからそれこそ死ぬということ。

私にはまだ、ひとりだちもできないのかと・・・。

情けなくなります。

自分の意思すらも貫けないほどの思いなのかと。

私には学生のうちにやりたかったことがありました。

それは編入ということの他に、本を出すということでした。

あとは、全国をまわるということ。

北海道に行くというのは、単なる思いつきだったの???ということを言われそうだし、

自分の中でも、そういう疑問を投げかけている自分がいるので、自問自答という意味で応えさせてもらうと、

思いつきではなかったです。

汚染地帯に居続けるということに対しての疑問は高校三年になって、変だな・・・とは感じていたことです。

しかし、もっと早く気がついていればとも後悔しています。

山形は安全だと、たかをくくっていた自分も存在していたのも事実です。

それは誰もが思っていることです。

それこそ、私は北海道すら安全だとは思っていません。

ただ、「今は「安全」」と思っています。時間の問題だと思っています。

泊原発もありますし、青森には六ケ所村もあります。

どこが安全かということはもう、この国にとってナンセンスなことなのかな・・・と感じています。

ただ、今現在でと言うことを考えれば、どこかということに成るかと思います。

残り1年が私にとって色んな意味で命取りになるでしょう。

私はKさんにもTwitterの人にも、話していないことがあります。

それは、北海道に行くという理由が、福島という存在からいい加減に離れたいという思いがあるということです。ある意味それは自分が「考えない人間」になることを望んいるという意味でもあります。しかし、その方向で行けば、私は何を求めて北海道に行くのかということが再び見えなくなるということになります。

自分がどうやって、生きていきたいかということが正直不透明なままです。移動すれば成るよう成る。ということは、この日本ではありえないでしょう。誰かが助けてくれるだとか、誰かがなんとかしてくれるだとかそいうことで、私は乗り切っていけるでしょうか。決してこんなに甘くは無いでしょう。

結局は自分も金や地位のことしか頭にないのか。レッテルのことしか頭に無いのか。そう考えると、本当に虚しくなります。そうじゃない!!と強く言えない自分がどこかにいるからです。

どうして、足踏みしているんだろう・・・。残りの大学生活を送って私は社会に対する適応能力なんて言う将来結局は自分のためになるかならないかもわからないもののために時間と金をつぎ込むのかと思うと悲しくなります。

北海道に行った時のために、無意味な時間を過ごさぬようにという意味で試行錯誤して、毎日を過ごすという約束をして、一年間好きなように、ここで暮らすのなら、私はそのほうがいいのか・・・とも思ったりします。答えは目の前に出てるのに、まだ大丈夫。まだ大丈夫。と目の前の事から目を逸らしています。

人には目をそらすなと言っているのに、一番本当のことから目を逸らしているのは私なんじゃないかと…。私は何を求めているのでしょうか・・・。自分でもわからなくなってきました。

希望が何故かまた灰色になった気分です。

どうして、虚しくなるんでしょう。

どうして、気持ちいとか、楽しいとか、心地いいと考えた方向から遠ざかろうとしているのでしょうか。

・・・いま、考えている方向が間違っているからでしょうか。

いま、私が考えていることが、自分の心は心地いいとか、楽しいとか思っていないからでしょうか。

新しい生活への不安や、これでいいのかという迷いのほうが、きっと大きいのでしょう・・・。

しかし、私はここの土壌汚染と、福島の甲状腺がんの子供の数をみて、どうしたら・・・と空を仰いでしまいます。

空は何もこたえてくれるわけもないのに。

また、更新します。