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私の話を聞いて下さい~原発事故を経験した私の生き方~

福島からの自主避難者である「しすたー」の想いや考えを伝えます。

後1年で

日記

皆さんこんにちは。

更新していないのにもかかわらず、見に来てくれている皆さん、本当に有難うございます。

北海道への移住を来年に決めたわけですが・・・・。

今年1年で私がしていきたいことを今日は上げていきたいと思います。

なんというか、モチベーション維持のためですかね・・・。

残り1年、私は伝えるということに全力投球していきたいと考えています。

その発信方法をどうしたら良いかな・・・といま、悩んでいます。

自分から動いていかないと何も変わらないとは思っているので・・・・。

先日メディアにチラっと実は出たのですが・・・。まあ、やはり、いいように編集された部分もあって。

ツイッターでは匿名なのでここでは言及控えさせていただきますが、メディアはやはりいいようにしか使いませんよ。それに対して私は今のところメディア関係者には何も言ってませんが。でも、私のメッセージをあの会場にいた人は聞いていたわけですから。

話した後、もうガタガタでしたよ。震えがとまリませんでした。

お腹が痛かったです(笑)メンタル弱いな(笑)

私があの話をした後、ある方が私のそばに寄って、じっと私を見ると・・・

「ありがとう・・・本当に・・よく言ってくれた・・・」

と潤んだ瞳で言ってきた。

私は

「・・・こちらこそ、ありがとうございます。・・・誰かが伝えなければならないことです・・・。避難した人間だからこそ言えることがあるはずです・・・。それをいうことが私たち避難者の使命だと思っています・・・。」

と真っ直ぐその方を見て伝えました。

「・・・うん。そうですね。」

この時話した文章をTwitterでもあげたいのはやまやまなのですが・・・。

ブログでもあげたいのはやまやまなのですが・・・。

匿名アカなので・・・Facebookにはあげたのですが・・・・(泣)

さて、話を戻すと・・・

これから一年間私は「発信する」ということに重点を置いて行きたいと考えています。

そのための準備を色々としているわけです。

私も多くを勉強しなければならない・・・そんな気持ちでいっぱいです。

「発信」にかける私の思い。

避難することを来年に引き伸ばしたわけです。

それは、家族との関わりや、友人との関わりを崩したくないという思いもあれば、

やはり、レッテルを気にしているのも少なからずあるのでしょう。

私は、別に家族の関わりなんて・・・とも思っているし、友達なんて、、、、とも口では言います。

しかし、それでも、私の根っこはそうじゃないんですね・・・。

何も手放したくない・・・。これ以上、何も失いたくない・・・。

そういう思いでいっぱいなんです・・・多分(笑)。

でも、夜私は不安になります・・・。

この体が、毎日危険にさらされていて、

将来子供になにか出るのかもしれない。

そもそも、こんな中途半端な人間を愛してくれるひといるんだろうか・・・とか(笑)

私が残り一年間で伝えたいことは、「依存心をすてる」ということや、「一番大切なものは何のか」ということ、そして、「事実と向き合ってほしい」ということです。

しかし、本来、安全なところに避難したからこそ、言えることだと私は思うんですよね。

周りにわーわー言う前に、まず自分のことを何とかしたらどうなんだと私は思ってしまうんです。

確かに、それぞれの事情というものが混在していて、移住が難しいことも私は分かっていますし、

現実、自分がそうなので、そういう人に関して否定したりすることはできない立場にあります。

山形で言うよりは、北海道に移住してから言ったほうがより説得力あるんじゃないかともおもうんですよ。

山形で発信することは私にとっては、自分の首を自分でしめているようなものです。

「お金、権力、地位などそういったものにとらわれ、本当に大事なものが見えなくなっている。大事なものを見ようともしない。」

それは、私自身にも言えることです。

「何よりも命を大事にしなければならない。」

と発信していながら、

当の私はここで苦しんでいる。

おかしい話です。

それならさっさと移住してしまえと言う話なのですが、私はそうすることを選ぶことができない。

厳密には選びたくないのかもしれません。

私だって、現実から目をそれして、マスクを外して、ニコニコして、何もかもわすれて、過ごしたほうが楽です。なにより、山形で生きることを決めてしまえば楽です。山形のものを食べて、にこにこしていればいいのかもしれません。しかし、私はそうすることもできません。

「考えることをやめないでください」

私は必ず公の場でこういったことを話します。

これは私自身に対する戒めでもあります。

私は自分で足かせをして、手錠をして、もがいているんです。

それだったら、自分のことを開放してあげればいいのに・・・と思います。

しかし、私はそれができない・・・。

いま、それをしても、誰かを求めて、寄りかかってしまうでしょう。

それでは移住の意味も無いのです・・・。

これは私が山形に移住して感じたことです。

我が家はおそらく、避難者の中では特殊な方です。

ここに家をかまえることをしてしまってる時点でだいぶ状況が違うのです。

私は自分の立場が正直重苦しいです。

どこかに、逃げて小さくなってしまって、口を閉ざしてしまえばいいものを・・・。

私はそうしたくない・・・。

何もいえずに、、、自分を見失いいつの間にかその空気に慣れていまい、、、

考えることをしなくなってしまった人を見てきたから・・・・。

嫌だ・・・不安だ・・・と言いながら、汚染地帯に帰っていく友人や恋人・・・。

その姿をみて苦しくもなったし、滑稽で異常さを感じました。

どうして、嫌なのに帰っていくんだろう・・・どうして、不安なのに帰っていくんだろう・・・。

その問は自分自身に返ってきます・・・。

・・・北海道から帰る時の私自身の姿・・・。

あそこで出会った多くの人も同じ気持ちで見送ったと思います・・・。

なぜ・・・行くんだ・・・帰るんだ・・・と。

帰りのチケットをとらなければよかったのかもしれない・・・と何度も思いましたよ・・・。

空港で子供のように泣いてしまった私・・・。

帰りたくない・・・。本当に帰りたくなかった。

それなのに、どうして、私は帰ってしまったんだろう。

この矛盾さを未だに私自身も理解できません・・・・。

夢の舞台がいつも福島なのが1つのヒントなのかもしれないと感じています。

本当は帰りたい。

根っこはいつもそこにある。

私は北海道に移住したら、山形の夢を見るのでしょうか。

それとも福島の夢を見るのでしょうか。

少し脱線しましたが、「発信する」ことは私にとっては重いものです・・・。

一つひとつの言葉を噛み締めて、砕いて話してくこと・・・。

それはここで生きることしか今は選べない自分自身に対する戒めでもあるのです・・・。

震災当時私は15です。

やっといろんなことを話せるようになったのが、18。

いろんなことを思い出すようになったのが、19。(このことに関してはまた別に触れたいと思います)

もう少しで私は二十歳になります。

その前に私はやらねばならないことがあります・・・・。

大きな仕事です・・・しかし、私はそこから逃げたくない・・・。

事実と向き合うことから逃げたくない。

自分が立っているのは今は山形かもしれないけど・・・・・・。

未来の子どもは、私に言うでしょう。

なぜお母さんは逃げなかったの?と。

好きになった人からも、言われてしまうかもしれません。

なぜ君はそこにいたの?と。

情けないですね・・・。言い返せそうにも無いです(笑)・・・。

一言言うとすれば・・・

「愚か者だったからだよ」

かもしれません。

1年少なくとも、私がここでできることだけを見つめるとすれば・・・。

ここに私が確かに存在したということを形として残し、言葉を刻み込んでいくことです・・・・。

1人でも私の言葉に揺れ動かされてくれれば・・・。

得られるものなんて何も無いかもしれない・・・。

そもそも、残る意味すら本当は無いのだから・・・。

なんだか・・・矛盾してて頭が痛くなりそうですね(笑)。

また、更新します。

ではでは・・・。