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原発事故で自主避難した私の生き方

福島からの自主避難者である「しすたー」の想いや考えを伝えます。

なにをしていこうか

どうも、こんにちは。

まず、ご報告として。

フリーになりました(笑)

ふむ。まあ、いろいろあったんですね・・・(笑)

私も悪いところがあったのかもわかりませんが、それでもやはり、気持ち的に上手く行かなくなりました。

うーん・・・説明するのも面倒なので割愛します。

さて、これからのことをまた少し整理したいと思います。

今月、また沢山の人との出会いがありました。

高山先生との出会いはもちろんのこと、こちらに来て、久々にお会いした方もいらっしゃいました。

高山先生のオーラは示唆まじいですね。。。。。

パワーも分けていただきましたが、やはりすごい。

でも、私の感覚的には、波動というか周波数を感じることはできても、それを体が受け付けるということとはまた別問題なんだなと思いました。

大きな力を感じつつも、それを許容できない自分の存在を感じました。

7月半ばには、井戸川さんとの出会いがありました。

久々に福島の訛りをきいて、なんとも言えない気持ちになりました。

当時のこと、あれからのことをお聞きして、やはり、この国のシステムは狂っているし・・・。

「私たち大人のせいだよ・・・」と力なく言葉を選んで話す大人を私は何人も見てきました。

私は、今、豊かさを求めて、地を這いずりまわっている人の愚かさを感じると悲しくなります。

そして、自分自身もまた、その1人であることを感じずにはいられません。

デモが盛んになっています。

私はデモが完全に無意味だとは思っていません。

ただ、デモでどれだけの人があつまっても、その人たちが、何を考えてそこに集まっているのかがいまいちつかみとれません。もちろん戦争をとめたい、戦争法案を止めたい。何とかしなければ。という気持ちは私も同感です。戦争なんてまっぴらです。しかし、たとえ、そのデモが成功したとして、この国の大半の人は、いつもの日常に戻っていくのではないかと私は思うのです。

私は、今月2回ほど旭川に行っていますが、田畑を見て、土をさわり、風を感じて、私は何かをつかもうとしました。しかし、掴みどころがよくないのか、しっかりとした答えは見えてきません。

ただ、私たちはとても傲慢であり、社会システムに依存している。ということが今私たちが向き合わなければならない一番の問題なのではないかと感じたのです。

豊かさとは何なのだろうか。

自然から命を頂いていている。そのことへの感謝が薄れている。

そこに携わる人の思いや願いを私たちはどのくらい考えているだろうか。と。

私は、旭川のとある山にある施設で一泊してきましたが、

夜お酒を飲んだあと、ちょっとした丘に行きました。

ひとりでそこにいると、フッと何かが崩れて、涙がポロポロと溢れてきました。

久しぶりに声をあげてないた気がしています。

自然はいつも私の中で大きな位置を占めているように感じます。

日常に飲み込まれてしまいつつも、

自然の中にいるとふと自然体に成ることができます。

近々また良い自然と夜に溶け込んで来ようと思います。

では。また更新します。