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私の話を聞いて下さい

自主避難者である「しすたー」の想いや考えを伝えます。

『望郷』について

原発 震災

散々悩んできたことだ。

はて、『望郷』はどうしたら良いのか。

 

私は最近やはり過去の日記(『望郷』の元)を見るたび、あー結局言いたいことってこれなんだよね。。。という、要はキーとなる部分を理解し始めている。

 

より自分の事を冷静に見れるようになったということでもあるし、

それは自分にとってもかなりプラスの出来事。

マインドマップを書いたりして自分のメンテナンスを中心にした生活を心がけたこともあってか、かなり前進している。)

 

私が震災と原発事故を経験した内容は今となってはさほど重要ではないのかもしれない。というのも、今の日本社会において、その経験を語ったところで人々がこちらを向いてくれるなどとという希望的なことを私自身実際感じていないからだ。

 

そして、私自身、それを望んでいないのも事実だ。私が経験を話す上で重要だと感じているのは、そこから一体何を学び取り、一体何を考え、何をしてきたのかということだ。

 

『望郷』はあまりにも文章としては読みづらいものだし、ましてやそこから何かを学びとるということを他人に押し付けるようなものであってはならないと思うのだ。

 

私はあくまでも『望郷』は本当に必要になったときに出す一つの武器として保存する方向を選択することにした。

 

要は、日記の全部を公開する必要はないのだと思ったのだ。

 

無意味だとおもう。

 

私の本当に伝えたい事がいつまでたっても伝わらない気がしてならなかった。

『望郷』は日記をコピーしてリーフレットにしたり、自分なりに手で書いて詩にするように残して人に直接渡したほうが活きるのではないかと感じるようになった。

 

私はもどかしい。

命や尊厳が日々ないがしろにされていくということが。

 

本当の愛について語ることが出来、本当の幸せについて考え、

実行できる人が少ないことが私はもどかしくてたまらない。

 

そして、私は私がもどかしい。

思っているように自分自身が行動できていないのではないかという無力感にかられて寂しくなる。

 

傲慢になってはいけないとはおもう。

でも、ただただ思う。

なんで、分け合うことができないんだろうか。

 

私が高校三年間に抱えてきた寂しさや虚しさは、

本当に私だけの問題だろうか。

 

私はそうは思わない。

 

この日本が、この世界が本当に愛に満ち溢れればいいと思う。

平和になって欲しい。

私は平和を叶える人間でありたい。

 

そんな思いをもってまたブログを綴っていこうと思います。

 

(『望郷』はブログでは閉じます。読んでくださっていた方、申し訳ございません。ご連絡いただければ直接お話することも可能ですので是非メッセージいただけたら幸いです。)