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私の話を聞いて下さい

自主避難者である「しすたー」の想いや考えを伝えます。

悲しくて悔しい

原発 大人 子供 震災

まきこむのもいい加減にしろ

mainichi.jp

また、こうして子どもたちが犠牲になっていく。

時には利用されていく。

 

いじめたやつの神経がおかしい。

親の顔が見てみたい。

だからいじめはなくならないんだ。

 

ただしい知識がないからこういうことがおこるんだ。

だから現地に行こうよ。

ほら大丈夫だよ。復興してきてるよ。

現地のもの食べようよ。

 

なんか違うと思わないか。

論点がずれてないか??・・・

 

…私は悲しい。

本当に悲しい、そして、くやしい。

 

 

mainichi.jp

横浜の彼の報道が毎日のようにされているようだけれども、それで彼は救われるのか。その分賠償金を払って貰えばめでたしめでたし?

 

違う。

横浜の彼だけじゃない。

水面下でたくさんの若い子たちが犠牲になってる。

それも大人の間で。

社会のシステムの間で。

いつまで子どもたちを犠牲にするつもりなんだ・・・。

 

一体この国はどこに行こうとしているんだ。

周囲の顔色を伺って、静かにして、親が寝静まったのを確認して、

布団の中で声を殺して泣いている子どもたちがたくさんいるんだよ。

大人だって例外ではない。

周囲の顔色を伺って、静かにして、子供が寝静まったのを確認して、

布団の中で声を殺して泣いている親たちがたくさんいるんだよ。

 

でも、大人たちは今までのシステムでの社会経験があるから知っている。

どう対処したら良いのか、また、手っ取り早く、かつ、一番人々が納得しそうなやり方、考え方、報道のしかたについて。

 

つまり「責任の押し付け合いによる二元化、差別化」だ。

 

大人同士で、お前が悪い、あいつが悪いと指差ししている間に、子どもたちはその狭間で揺れて、善悪の彼岸をみている。

子供たちは、素直で、優しい。そんな無垢な子どもたちに、今のシステムの生々しさ(汚さといえばいいかな)を見せたのがあの震災であり原発事故だったと私は認識している。特に、「人災」に関わる部分についてはとくにその生々しさがあったとおもう。私も15ながらにかなりの衝撃を受けた。大人、社会への信頼がなくなるほどに。。。

 

私は正直今週、このニュースの他にも様々思うことがあったため、なおさらのこと言いたいのだが、、、、

いい年した大人たちはいったい何をやっているんだ・・・。

そして、この国は、この世界は、何をやっているんだ。

一体この国はどこに行こうとしているんだ。

いつまでダレが悪いとか、悪くないとかそういう話をしているんだ・・・。

 

システムという暴力

システムに飼いならされて、なんの疑問も感じずに、ただ受け取るだけで生きていく。そうするしか無いのではないかと思うくらいに無力感を覚えさせるのがこの国の、今やこの世界の生き方であり、やり方。

 

何も変わって無い。

何年たっても変わらない。

何年たっても気が付かない。

でも誰も悪いわけではない。

言うなればシステムが悪い。

 

でも、そのシステムにただ飼いならされて、自分の首どころか、周囲の首まで縛り上げて、弱いものたちがどんどん追いやられていく。

 

彼の話はほんの末端に過ぎない。

 

「何言ってるの。

私たちはここで元気にしてるよ?」

 

そんな子供たちの声が聞こえてくるかもしれない。

でも、ここで気がついてほしい。

そういう宣伝として純粋なこどもが巻き込まれているということを。

悪い大人やシステムに利用されているんだということを。

そして、それに騙されて飼いならされる善くも悪くもない大人が便乗して子供の首を最終的にしめているんだということを。

 

私は悲しい。本当に。

そして悔しい。

 

私は、あの時15だった。

何もできなかった。無力だった。強いていうと、祈ることしかできなかった。

 

もしも自分が総理だったら、無理矢理でも汚染された土地に住む人を全員避難させる事を優先にしたし、若いひとたちを守るための対策ならなんでもしたと思う。そのために国民に頭を下げることだってする。友達を守るために、家族で一緒に逃げれるようにしただろう。たとえそれが無理だと分かっていてもなんでもやったと思う。というより、そういう権限があるならなんでもやりたかった。

 

でも、私には何もできなかった。

言ってはいけない「放射能」という言葉。

外すように言われたマスク。

不安だという事を周りに言えなかった。

 

きっと戦時中てこんなだったんだろうと思った。

戦争反対

死ぬのが怖い

死にたくない

日本は負ける

言ってはいけない言葉。

思ってはいけないこと。

 

私たちは皆、そういう意味でこの国から暴力を受けた。

原爆が落ちて目覚めた日本人。

でも、結局なんの教訓も活かせてなかった。

ただ、前に進むことだけを強要された。

なんの赦しも悔い改めも無いままに。

 

戦前のシステムに飼いならされ、

戦時中のシステムに飼いならされ、

戦後のシステムに飼いならされた。

 

私はシステムに飼いならされたゾンビなんかになりたくない。

 

じゃあ、何ができるっていうんだよ、と言われそうだから対案をだそう。

 

システムからできるだけ離脱して、

 

壊す。

 

本当に自分が信じる美しさというものを見極める。

 

万人共通の美しさを持ち寄って、

 

分け合った時、

 

初めて余る。

 

余ったものをまた種にして育ててまた分け合う。

 

そうするとまた余る。

 

そういうことの繰り返しをしていくことが私のできること。

 

綺麗事だというかもしれない。

私はそれでも構わない。

本当に万人共通の美しさを知る時、本当の醜さを同時に見ることになる。

そこで初めて善悪の彼岸が見えてくるのだと私は考えている。

 

 

みんながより、幸せに生きていけたら…

何が正しい・間違ってるという議論は気持ちが悪い話だと私は正直のところ感じている。(便宜上そのようにしか私が表現しきれないために、正しいとか間違っているとかそういう表現をやむを得ず使うことはあるけれども、やっぱり気持ち悪い。)

 

何が正しいとか間違ってるとかそういう二元化した考え方ではなく、

何が美しいのかということを中心に考えて生きたい。

(醜い方は自ずと見えてくるので、わざわざ考えなくとも良いと私は思う。)

 

偉そうにつらつらと書いてしまった。

ごめんなさい。

でも、私も貴方も悪くない。

ただ、みんながより、幸せに生きていけたら。。。

苦しまずに生きていけたらと思わずにはいられない。。。

 

 

(追記)ごめんなさい、ありがとう、そしたらね。

今週はいろんなことが重なって、行き場の無い思いがあらぬ言動になってしまいそうで、こわくてたまらず、また、本当に、本当に、悲しい一週間でした。

 

来週は少しでも自分が笑顔になれるように尽くそうと思います。

 

これでもおちついて文章をかける精神状態になっているのですが・・・・それにしてもやはり感情的になってしまった部分が多かったです。

 

ごめんなさい。

 

また、読んでください。

私、泣いて喜びます。

 

多くの人が少しでも、幸せになれますように。。。