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原発事故で自主避難した私の生き方

福島からの自主避難者である「しすたー」の想いや考えを伝えます。

置かれた場所で咲きなさいの意味

前職の話

 

こんばんは。

 

深夜に更新がおおくてすみません。

自律神経がやられてしまっているんです。

ほめられることではないですね。

今月末までのお仕事。

来月頭からはお仕事はひとまずおやすみ。

ご自愛の為に時間とお金を使います。

 

 さて、今日は置かれた場所で咲くということについて書いていきたいと思います。

 

 

私、今月でお仕事辞めちゃうわけなんですが。

もちろん嫌なこともたくさんありました。

そもそもどうしてこの仕事に就くことになったのかと言う事を書いていきたいと思います。

 

前職がブラックだったんですよね(´・ω・`)

週休一日。

残業代ゼロ。

ふつーに労働基準法違反してました。

でも、これって今時の会社ではふつーのことらしいです。

 

日本のふつーってこわいなと思います。

私からすれば全然信じられない話なのですが。

 

前職はそういうわけで、超高速でやめました。

三ヶ月で離職してます。

根性なし!!って言いますか?

前職に就いたのは北海道に来てすぐでした。

まだ短大生でした。

 

短大生・・・(まだ学生だけど働いた(´・ω・`))

 

そうなんです。

短大の課題を帰ってきてからひたすらやって、

教授との連絡をとり、

住居を探すのに不動産に連絡をしたりして、

毎日すごしました。

 

もちろん私がお世話になった方がその間たくさんいらっしゃいます。

(当時の会社の社長にもやっぱりお世話になった。だから会社のことを一概に責めるわけにも行かない・・・(´・ω・`))

本当に頭があがらないですし、今もさまざまなところで支えていただいています。

 

とにもかくにも、背負っているものも多かっただけに、仕事の重圧に耐えられるような心とカラダの状態ではなかったのです。

 

その後、離職して一ヶ月ほど休み、近くに働きに出始めました。

この仕事を一年半続けてきました。

思えばあっという間でした。

 

 

自分の尻はできるだけ自分でフケたほうがいい

 

私が一番に言いたいのは

前職にしても、現職にしても後悔は無い。ということです。

 

自分の今の現状について、とても納得していますし、

また、新しいことを始めたいという気持ちでいっぱいになっています。

 

実は現職を辞めることを決めた数日後、なんと自分が今までこんなことやりたいなーと思っていたことの足がけになるようなお話をいただけました。

 

あー引き寄せの法則ってやっぱりあるんだなと笑

 

私自身がまだ、その方向性についての具体的なビジョンが描けていないのでしょう。

今日現在ちょっと話が停滞気味になっていますが、恐らく来週にはまた話が進んでいると思います(*^^*)

 

(こうやって不確定のものを確実な意識として認識しなおすことで私は未来を引き寄せられると思ってます。信じるってそういうことだと思います。)

 

大切なのは自分の行動には自分で責任を取りましょうということです。

会社がブラックで違法なのは本当に問題ですし、自分の責任とは言えないです。

でも、その会社を辞めるのは自分です。

その間誰かに尻をふくのを手伝ってもらうこともあるでしょうし、

万が一ティッシュがなければ、買ったり、誰かに届けてもらったり・・・

とにかく、そこは頭を下げるということを相手にできるかどうかということだと思うんです。

 

世話になるのはなんら悪いことではない。

でも、自分の手がなんとか動くなら取り敢えず手伝ってもらってでも尻はふきましょう。仮に自分の手でふけなかったらそれはそれでしょうがないです。頼むのにも勇気がいります。その勇気を振り絞るのもまた気力が必要です。HELPも出せただけ、本当に素晴らしいことだし、自分をほめてほしい!!それで相手がHELPに応じてくれたら感謝しましょう。本当に(泣)

 

私はいつもこんな調子です。

 

情けないやつだと思いますか。

女の子がこんなはしたない・・・・と思われるかもしれませんが。

このくらいオーバーな表現じゃないと伝わらない気がしたので・・・

許してください(´・ω・`)

 

 

 

置かれた場所で咲くとは

 

勘違いしていただきたくないのは

置かれた場所で咲くとは

最低限の定義は生きるほうこうに向かっていなければ意味はないということです。

 

放射能に無敵な人なんているでしょうか。

跳ね返せる人なんているんでしょうか。

何がふつーで安全なのかも、はっきりとしていないのに。

そこにいることがふつーになってませんか。

そこは本当に安全なんですか。

 

最善を尽くしましょう。

出来ることを一生懸命、その場所、その場所でやっていく。

その場に安住することなく、常に自分の心地良い方向へ、本来の魂が喜ぶ方向に歩みをすすめる。

もしも、周りにお世話になる時は頭を下げる。お世話になった後も頭をさげる。

 

それが置かれた場所で咲くということだと私は思います。

 

周りと一緒である必要もないんです。

あなたはあなたの素晴らしさ。

私には私の素晴らしさがある。

 

仮にうまくできないこと、やれないことがあったとしても

自分を安売りしたり、見切りをつけたりしてはもったいないです。

せっかくある命。

魂。

大切にしていきたいですよね。

 

ニコニコしていれば放射能は来ないなんて言ったトンデモなひと(山○○一)もいました。

確かに半分あたってるかもしれません。

逃げた先でもしも心が廃れて精神をやんでしまうようではやはり元も子もないというのは事実です。

でも、放射能はそういう問題で片付くような代物ではないのです。

 

避難した先で、泣いてもいいし、喚いても良い。落ち込んでも良い。

そういう自分、周囲のこともゆるしていきましょう。

そのありのままを受け入れていきましょう。

 

そうしていれば自然とわかってくることもあります。

 

それはどれだけ自分が素直になれるのかということも関係してきます。

 

置かれた場所で咲くことは難しいことにも思えるかもしれません。

でも実はシンプルです。

難しく考え過ぎてしまえばあっという間に見えなくなってしまいます。

大切なのは今ここ、自分が何をしたいのか。

何を求めているのかということだけです。

 

なんだかまたスピリチュアルな雰囲気漂う内容になってしましました(´・ω・`)

そんなつもりないのに笑

 

ではまた更新します。