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私の話を聞いて下さい

自主避難者である「しすたー」の想いや考えを伝えます。

糸井重里氏の記事から私が思うこと

ソーシャルデザイン 震災 原発

糸井重里氏について

 

群馬県前橋市出身。生誕後に両親が離婚司法書士であった父親の元に引き取られ祖母に育てられる。その後、実母と1981年に再会した。

小学校3年の時に父親が再婚。幼少時から漫画好きで漫画家に憧れていた。中学時代は北杜夫に熱中した。

群馬県立前橋高等学校に入学。文学青年の友達ができ、アングラ文学などに目覚める。また、バンカラを気取って一本歯の下駄で学校に通った。高校1年の時にバンドを組みたくなり、お金を稼ぐためにオルガンやピアノのセールスマンの下請けとなり10台売ったという。また、文化祭の企画で「ハプニング」的なことをやりたくなり、江戸川乱歩の「赤い部屋」を再現したり、ベトナムの僧侶の焼身自殺を真似たりした。

法政大学文学部日本文学科に入学。1年ほどガテン系のアルバイトをする。その後、法政大学を中退。

学生運動に身を投じ逮捕歴が5回ある[3]佐世保エンタープライズ寄港阻止闘争中核派メンバーと共に参加。飯田橋駅前で逮捕された。「(エンタープライズの入港は)我々にとって死を意味する」とTBSのインタビューに答える映像が残っており、「筑紫哲也 NEWS23」で放送されたときには「若かったですね」と猛省している。

 

 ウィキペディアより抜粋・引用

 

www.buzzfeed.com

 

言葉・デザイン・・・・私にできることは・・・

 

私は個人的には糸井氏のことは結構好きだ。

福島や被災地をデザインすることや言葉の半端さの重要性、また忘れることをゆるすということについて記事にまとめられている。

私は福島や被災地についてはかなり幻滅しているぶぶんが多い。

これはマスコミの影響が大きいようにも思えるのだが、どうしても買って応援、食べて応援の姿勢が拭えないなと思うのだ。

デザインというのは人の考え方に大きな影響を与える。

 

どんな街にしたいのか。

だが、それは汚染されているということも加味した上でのデザインが必要で、私だったら何もあえて手を加えないことを望むかもしれない。

 

言葉は完璧でなくていい。

完璧主義過ぎて、本当に大切なことが見えなくなる。言えなくなる。

何かすごいことを言わないと認めてもらえないんじゃないかと思うようになる。

そういうことを糸井氏は懸念しているのだろう。

 

選ばない言葉。

いいたくても言えない言葉。

そういう言葉を私も大切にしたい。

 

でも、私は汚染地に対しての応援には加担したくないし、

私は私のスタイルでソーシャルデザインしたい。

 

次回はソーシャルデザインについて更新したい。