原発事故で自主避難した私の生き方

福島からの自主避難者である「しすたー」の想いや考えを伝えます。

私の中にある寂しさ

何年たっても

 

携帯やテレビの緊急地震速報の音は本当に嫌だ。

当時の事をまとめたドキュメンタリ動画も見るのはまず、心の準備が必要で。

 

でも、それを見て、本当のことを知ること、

周りに伝えることは本当に大切なんだと思う。

 

見たくない・受け止めたくないから始まる無関心

 

皆嫌で見てないのかもしれない。

真実を受け止めたくないのかもしれない。

心が辛いと叫んでしまうのかもしれない。

 

誰かが伝えなくちゃいけないし

私は辛いけど、知りたいし、私は辛いけど、伝えたい。

 

できるひとがやればいいと思う。

でも、出来る人がやればいいと皆が言って伝えることを辞めてしまったら。。。

それが私は一番怖い。

あの人がやってくれているんだからと伝えることを辞めてしまって、

っと国がなんとかしてくれる、きっと誰かが助けてくれると、

生きること自体も誰かに任せてしまってしまう人もいるくらいの国。

 

泣きたい

私は本当に怖い。

そして悲しい。

寂しい。

 

誰が悪いとか、

○○するのはダメだとか、

本当に何処を見ているのかわからないような議論もたくさんされている。

まるで自分は他人事で責任は他の誰かにあるような言い方すらする。

自分がそういうことにどこかで加担しているから今のシステムが成り立っていることにも気がつかづ、子供さえ助かればと言い、逃げた途端に安易な言動をする人もいる。

その安易な言動が、現地の人を苦しめる材料になっていることも知らずに。

この国のシステムの最悪なところを支えていることも知らずに。

その安易な言動を子供は見ているのに。

子供のことを本当に考えているんだろうか。

自分は年だからと諦めたかのように話す親を誰が見たいと思うだろうか。

 

私は悔しい。

私は悲しい。

寂しい。つらい。

 

私が出来ることを一生懸命にやるしか無いのだとおもう。

自分は自分。

信じた道を行こう・・・。