原発事故で自主避難した私の生き方

福島からの自主避難者である「しすたー」の想いや考えを伝えます。

信仰心と愛

昨晩のこと

こんにちは。

昨夜、本当に心が震えるような出来事がありました。

私は氷点のラストの流氷が燃えるシーンをイラストにしていました。

さめざめとした青から、赤に燃え上がるような感覚。

それは本当に生命、人生、宇宙、すべてのものに相通ずるような言葉にし難い感情で、絵にすることも難しいと感じていました。

ただ、本当に美しい姿なのだと思いました。

生きていること、ここにいることが心から喜びに感じられる。

悩みなど殆どが些細なものに思えて、どうでも良くなってしまうようなそんな感覚。

 その感覚に浸っていたときでした。

この美しさってなんだろう。。。。

 

信仰心と愛

ふと、綾子さんの夫に対する考え方がより分かる瞬間が来たのです。

本当にすぱーん!!!と。

 

神につかえるように夫にもつかえる。

私にはその意味がよく理解できていませんでした。

自分には自分の考えがあって、私には私の生き方がある。

だから、夫は夫が出来ることが出来ればいいじゃない、と。

でも、綾子さんがいいたかったのはそこではないんだと気が付きました。

 

神につかえるように夫に仕えるという事が

神を信じるように夫を信じるということでもあるということに気がついたのです。

 

綾子さんにとって、光世さんがかけがえのない存在になっていた。

それがどのようなものであるかをはっきりと理解できたのです。

 

神を信じるという信仰心。

神に全てを委ねる。

それは、全ての事への囚われをなくして、神に委ねるということ。

思い悩む必要は無く、自然の法則に従って楽しく生きるだけ。

 

ただ、自分が生きるということにおいて、正しい選択をする。

その時にその選択ができるということは本当に素晴らしいことで、

やはり、それは神様のお守りと導きなのだと感じるのです。

 

自然の法則、地球の法則、宇宙の法則、全て、計画通り。

 

信じることがどれほど難しく、美しいことかと。

 

そして、神を愛することは自分を愛することでもある。

その愛を万人の人に向けることが魂の本当の使命なのではないかと私は昨晩感じました。

 

なんて深い愛なんだろうと思いました。

本当に感動して、昨晩は泣きました。祈りました。

 

祈り捧げる。

自分のすべてを神に委ねる行為です。

 

本当に深いものに気がついた晩でした。

 

あの日失った自分は何だったのか

そして、私はもう一つ、気がついたことがありました。

涙した自分に対して、懐かしさを憶えました。

 

よく、311前は、たくさんの物事に触れ、感動したり、涙したりする、素直で純粋な女の子でした。

 

でも、あの日から、全てが一転しました。

 

美しさも目に入らなくなり、何もかもができなくなりました。

 

それは本当に悲しかった。

 

今思うと、私が本当に悲しかったのは勉強ができなくなったり、文字がかけなくなったり、物事が思い出せなかったり、おぼえられなかったり、、、、ということではなかったのだと思います。

 

私が本当に悲しかったのは、

何も分からなくなったこと。

感動をおぼえなくなったこと。

感性がなくなったこと。

 

つまり、魂が固まって膠着してしまったということが何よりも本当に悲しかったのだと思います。

 

ようやく何かが見えてきました。

 

絵を描くことは私を救ってくれます。

物を作ることは私にとって大きな励みであり、支えです。

でも、これからはきっと何をするにも喜びや感謝を感じるでしょう。

その方向しか求めなくなるでしょう。

もっと素直になれます。

そうだよ!この感覚だよ!と心が喜んでいます。魂がキラキラしています。 

 

嬉しい。本当に嬉しい。

 

魂が喜んでいます。

 

深い愛に気がつけたことで魂が救われていく。

本当に喜びの中にいます。よかったと思っています。

 

自他を信じられなくなった理由

どうして自他を信じることができなくなったのかがようやく理解できたように思います。

 

愛が見えていなかったからなのですね。

足りなかったというより、そもそも見えてなかった。

見えていても浅かった。

 

分かっていたつもりでした。

でもやっぱりわかってなかった。

 

腑に落ちて、ようやくまた理解できました。

 

迷った時、不安になった時、祈るように。

喜んだ時、楽しかった時、祈るように。

 

全ての事を委ねることができるという深い愛。

それだけの深い愛。

 

信じることができるということが

その愛に基づくものであるということ。

 

深く、なんと重みのあるものなのでしょうか。

 

喜びの中にあることを感謝したいと思います。

 

また、更新します。

 

p.s

おおきな木

とあるブログでこの絵本の事に関しての言及があり、

シンクロニシティを感じました。

私のピアノの先生が亡くなった時に受け取った本です。

深い愛、無償の愛とはなんだろう。

そのことをこの本は教えてくれていたんですね。

今更ながら改めて感動です。

最後まで読んでくださってありがとうございます。