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私の話を聞いて下さい~原発事故を経験した私の生き方~

福島からの自主避難者である「しすたー」の想いや考えを伝えます。

自分にとって覚悟とは

自分のありのままってなんだっけ。

こんばんは。

今日も自己反省と自己メンテ。

自分のままで話をするというのは本当に難しいとずっと思っていました。

というのも、自分を信じられなくなった期間がすごく長かったんです。

 

もちろん、今もその節はあります。

 

でも、かなり真摯に自分と向き合えるようになったなと思います。

この数年間私は自分のことをとても蔑ろにしていました。

 

もっと明るくて、泣き虫で、負けず嫌いで、自分の嫌なところもたくさんあったはずなのに・・・。

 

私は過去の自分が思い出せ無いほどに傷ついて来たし、

自然の美しさも受け取れないほど、私の魂は蜘蛛の巣で覆われてしまっていました。

 

私が私を大切にする。

つまり、それは自分にとっての覚悟みたいなものを持つことでもあるんですよね。

これは絶対に譲れないっていう覚悟。

 自分のことは自分でできるところまではきちっとやる。

本当に自分にとってこれは無理っていうことは相手に任せる。

 

自分に対しての妥協がひどくなったのもあの日以来。

自分のことなどどうでもいい。

自分をすごく責めていた。

何で自分だけ逃げてきたんだろう。

笑うことさえ嫌だった。

私がこうやって笑っている間に誰かが被曝してる。

誰かが泣いてる。

それを思っただけで心が引き裂かれそうになりました。

 

そんなことがあるうちに私は私を見失って、もがきました。

 

中学生の時は哲学的なことを考えるのが大好きで、

自分がどうして生きているのかとかよく考えてました。

それこそ、もっと小さいときからかな。

 

自分のことを信じていたし、好きだった。

でも、あの日を堺にして、自分がわからなくなった。

 

私が私を蔑ろにしている

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私は私を蔑ろにしている。

あの日から6年たっても、

やっぱり自分の中にいる自分のことを責めすぎているんだなと思うんです。

必要以上に自分のことを蔑ろにしてる。

 

責めすぎているというより、

ないがしろにすることに馴れてしまったといえばいいかな。

 

勉強することは楽しかったはずなのに、

どうせこんなことしても無駄なんだって、

報われやしないんだってあの日に思ってしまった。

 

それは最初は、自分の志望校に既に合格が決まっていて、

行く先がキラキラしていることをすごく感じていたから。

だから、行けなくて落胆した。

一ヶ月しか行けなかったから。

 

でも、そのあと思い知ったのは勉強なんかしても、

放射能地震も防げないんだなってことだった。

誰も救えないし、分かってもらえない。

権力でなんでも世の中は結局支配されてるんだと思ったら、

高いキャリアなんていらないって思ってしまった。

 

そういうこともあったけど、

時間軸的には、自分がまずペンも持てなくなって、

文字がかけなくなって、

言葉を話すのにとても労力を使って、

毎日のように眠気が続いて、

夜中も幻聴がひどかったことがはじめだったと思う。

毎日PTSDで苦しんでた。

授業中に緊急地震速報が鳴ったり、揺れていたり、そんなことばっかり私の頭の中でいっぱいになっていた。

 

真っ暗だったなと思う。

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夜、うわ言のように言っていたのは、

「愛って何・・・・」

 

ということだった。

成績が悪くて、両親からの私に対する扱いが一変。

親も色々心配だったんだと思う。

親も自分の整理がついていなかったんだろうなと思う。

と言うか整理したくなかったのかもしれない。

日常に埋まってしまって、もう何も考えたくなかったのかもしれない。

 

でも、私はそうなりたくなかったんです。

 

両親からの愛情を理解できなくなって、

自分が否定されているような気がして、毎日寂しくなった。

 

帰宅するのも嫌になって、苦痛だった。

 

愛が欲しくて、

愛を失いたくなくて、

過ちも犯しました。

 

大したことじゃなかったのかもしれない。

仕方がなかったのかもしれない。

 

でも私の中ではまだ整理ができていないことの1つでもあります。

多分、大きなキーになると思ってます。

 

今だからこそ、きっと理解しなくてはならない事があるんです。

 

覚悟とは

覚悟をもつ。

私には今まで取り敢えずと思って流してきた事項があります。

それは多分この6年に集約されているんです。

私が思い出したくないと放置してきたこと、

自分のほんとうの姿と向き合うのが怖くてしてこなかったことがあるんです。

 

でも私はそれをするタイミングが来たのだと今よく理解しています。

たくさん泣くかも知れないなーと。

でも、それでいいんだと思います。

私が私を蔑ろにしてきた事で失ったものがそれほど大きかったということなんです。

 

私はゆっくりではありますが、過去の自分と今の自分との時間的距離を埋めようとしているのだと思います。そして、いつの間にかそれも目の前のところまで来ているのが分かるのです。

 

私の中で再生が始まったのはあの日から3年後でした。

つまり、それから3年で私は取り戻しはじめているし、

昔の自分よりももっと成長した自分になろうとしている。

それは私にとって非常に恵まれているし、幸せなことなのです。

辛いけど、乗り越えるべきものなんです。

 

相手への想いは自分への想い:自分への想いは相手への想い

私の場合は後者ですね。

相手のことは”優しくしている”のに、自分にその想いが何にも反映されてない。

だから、人から見ておべっかに見える。

自分のことを蔑ろにしてきて麻痺して分からなくなっているんです。

 

真摯さがなくなっていたのです。

自分に対しての真摯さがなくなっていた。

だから、受け取った側も心からの言葉として受け取れない。

そういうことがあったのだと思います。

 

怖かったんです。

自分に対峙するのも。

相手に対峙するのも。

 

結局怖がりな私は何もできなかった。

でも、当時の自分にはできなかったことだし、これは他者から指摘されても気が付かなければ気が付かないでしょう。

 

自分に同情していたのかもしれません。

妥協していたのかもしれません。

 

でも、そこで、自分がかわいそうだと、逆にちゃんと受け入れて挙げられればよかったのかもしれない。そういう素直さがなかったんですよね。

 

辛かったよねと自分に言ってあげられなかった。

それが私の弱さだったのだと思います。

 

気がついてあげられなくて、本当にごめんね・・・って思います。

 

 

やらない理由・出来ない理由を探しをして自分を貶めている

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自分に同情した私は、やらない理由探しと、出来ない理由探しをしました。

今もその傾向があって、だからそういう示唆をする啓示的なことがあったのだなと今だとよくわかります。

自分の特質や性質に甘えて、出来ないことはあたりまえ、辞めるのも当たり前、みたいな感覚があったんです。

 

でも、今だとよくわかります。

そうじゃないんですね。

自分がそういう特質だと理解すると言うのは開き直りではないんです。

そうではなくて、ではどうしたらいいのかという事を考えるほうが重要なんです。

 

やれなくなったから、できないから、ってんじゃあ、何で出来ないの?やれないの?ってもっと深く学びを得ることをしてこなかった。

 

もちろん、できないときもある。

仮に、あの時、もっとまずは自分を受け入れる、その時の感情にしっかりと浸りきるという作業をしなくちゃいけなかった。

 

変な話、自分で考えて頑張りすぎちゃったのが良くなかった。

もっと誰か頼れる人がいたら・・・

泣かせてくれる誰かがそばにいたらもっとちがった・・・

 

今は1人でいても決して一人じゃないって思えるんです。

いろんな存在が私を支えてくれています。

だから大丈夫。泣いても大丈夫って思えるんです。

だから、今夜は自分を泣かせてやろうって思ってるんです。

受け入れたいなって。

どんな自分でも。

こころから魂の底から愛してあげたいって思うんです。

 

 

私の本当に向き合わなくちゃいけない自分とは

真摯じゃない自分。

自分を蔑ろにした自分と向き合うということになるのですが、

それはちょっと漠然としてます。

 

いい加減にしちゃうことまでゆるして、

自分の首を締めたのは私。

 

そういうことに気が付かなかった自分と向き合う。

 

難しいな・・・。

私ってなんだっけ。

私とは。そういうワークをしないといけない。

 

他者から見た私も、私が知っている私も全部私。

必要なパーツ全部集めて、私。

 

自分が好きなんてナルシズム??それは違います。

自分を大切にすること。

甘ったれの自分も確かに私。

でも、それを手放す時が来たんです。

 

自分に甘えてたら、甘やかされる。

もっと自分に真摯になりたい。

そのためにまた学ばなくてはと思うのです。

 

でもちゃんとするというか、、、

あーちゃんとできてなかったよねという自分にもOKだしたいなとは思うんです。

今の部屋見て、あーうん笑

できてなかったよねって笑

完璧な私なんていないんだから。

 

大切なのは魂の声にしたがうこと。

 

長くなりました。

読んでくださってありがとうございます。

 

また更新します。