原発事故で自主避難した私の生き方

福島からの自主避難者である「しすたー」の想いや考えを伝えます。

弱者が悪いのか

弱者が悪いのか

こんにちは。

今日は弱者が悪いのかという話をしたいと思います。

今、いろんなレッテルによって社会的弱者と呼ばれている人たちがいます。

まず、結論から言うと、

弱者が強者を作っている場合もあるということは憶えていたほうがいいかもしれないなということです。

 

勘違いしていただきたくないので最後までお読みくださいね。

 

レイプ被害をうけた詩織さんの件でなぜか詩織さんが叩かれるという事が起こっているようです。

ちょっと待ちなさいよ。って。

被害にあった女性が悪いっていいたいようなのですが、

では質問。

あなたの、娘、奥さん、彼女、お友達、がレイプにあっても同じこと言うんでしょうか。

誰がそんなこと言うような男と一緒になりますかね。

もしも、自分のパートナーや親がそういうこと言っていたら、

逃げたほうがいいです。

自分がそういうことになっても何言い出すかわからないですから。

お前が悪いって言ってくるかもしれません。

いざという時に味方になってくれるとは限らないんですよ。

 

それから、女性のかたで詩織さんを叩いている人。

まず、自分が同じことになるかもしれないということを何故考えないのでしょうか。

もしかして、レイプされたい人なのでしょうか。

それとも、レイプされるようなきれいな女になりたい??かわからないけど、変な意味の分からない嫉妬心みたいなものを感じて詩織さんを叩いてませんか?

 

酔っていただけでしょ?と言っている人も。

自分だったらとか身近な人だったらとかそういうこと考えないんですかね。

詩織さん、どういう気持でカメラの前にでてきたのでしょうか。

 

みっともない大人が多すぎます。

 

弱者になったのは弱者がわるい?

私は福島からの自主避難者。

福島県から来ましたというたびに視線を感じていたのを今でも覚えてる。

別に私が悪いことしたわけじゃないのに。

 

結局、安全だと思っている人にとって、

逃げるという神経が信じがたい神経に感じられるわけです。

結局想像力の欠如が問題なのです。

自主避難者=弱者と定義するのは誰なのかということです。

それがこの国では多くの場合、政治家が勝手に決めた決まり事で定義されてしまうわけです。

 

なんかこの国の人って感覚ずれてるなーと思います。

 

自殺者が多いことについてサッカーの本田選手が政治や社会のせいにするなということを投稿したそうです。

 

が、私はそうはおもいません。

今の日本の現状で日本のせいにするなって無理だと思います。

 

ただ、解釈を変えれば、日本の現状のせいにしたいくらい

この国は若者たちにとって腐ってるということでしょう。

そしてそのくらい生きていきにくいほどの状況が今現在進行形で進んでいるのだということを多くの人たちは気がついたほうが良いのではないかと思うのです。

 

それに、日本のせいだとおもって死んでもやはり、死にきれないだろうなと思うのです。魂の次元から考えても、とても悲しいことだと思ってしまうのです。

 

では、どうしたら若い人たちがより「生きる」方向に向かえるのかということを私は今ほんとうに真剣に考えています。お話会や人と会うたびに問題定義をしたり、話し合いをしたりしています。 

 

どうしたらいいだろう。

悩んでいるだけだと時間がもったいなさすぎて。

動きながらになってしまうのがこれがまた中途半端臭い気がしているのだけれども、仕方ない。だって、出来ることやらないと。やらないで1番後悔するの自分だし(^_^;)

 

腐ってる

 

多分、この国の政治や憲法が変わってもこの国の人は根っこから変わらないとなにも変わらないでしょうね。

 

根っこを変えるようなパフォーマンスを安倍さんは必死にしているわけです。ああいうものを洗脳と呼んでいるわけですが。嘘も平気でつくし。しかも、しらっと。

 

洗脳されて根っこが腐っていけば、その腐った根にあうような憲法や法律が出来上がれば、それにあっというまに染まりますし、適応します。

 

今、この国は腐っているわけです。

個々人が薄々何かが変だと思いながらも、何もできない大人たちに呆れた若者は、未来への希望を失います。

 

 

生きていても意味はないと自殺する若者たち。

それを逃げだと言うのか。

当事者の気持ちを考えない人たちばかりであきれます。

 

若者が腐ってるという人もいるかもしれないけど、

若者はフレッシュ。

悪いけどね。

でも、そのフレッシュさは、世の中の大多数が腐ってるから

それに巻き込まれやすいともいえる。

フレッシュな葉をあっというまに摘み取る。

しかも幼いときにね。

昔はそれでよかったのかもしれないけどね。

夢を持つことすらわからなかったという大人の嫉妬心が、

夢を自由に持とうとする子供を潰す。

 

人間はコマじゃない

弱者も強者も本当は区別が無いようにしなくちゃいけない。

でもね、わけたいみたいです。偉い、偉くないって。

 

謙遜の文化が結局こういう形を生み出したのかしらとも思ったり。

海外にはあまりないからね。謙遜とか。

 

なんやかんや、何がいいたいかって。

動ける人は動こう。生きる方向に。

それしか言えない。

 

動かされているようでは弱者も強者も結局コマでしか無い。

ひとりひとり、「生きる」という覚悟を持って動くことが必要なのだと思うのです。

 

ひとつひとつの言動がたとえどのようなことであっても

覚悟が伴うと私は考えています。

 

そのくらい、厳しい世の中になっているし、

たとえ幾つであっても自分の生について覚悟を持たなくてはならない場面に日本も来ているのだということを感じるのです。 

 

それはありのままの姿で。

「私」らしく、個性を大切にして。

多様性を認めて、一人ひとりが独立していきるという事が必要でしょう。

そのうえで人と人とが支え合うという関係性や、助け合うという人として当たり前の事をしていくことが必要なのだと思います。 

 

独立しようとして、孤立する人もたまにいますが・・・

そのことはまた違う機会に書こうと思います。