原発事故で自主避難した私の生き方

福島からの自主避難者である「しすたー」の想いや考えを伝えます。

通信簿と私

通信簿=私?

通信簿にはどんな中身の人間なのかということをチェックするような欄がついていた。

優しい、思いやりがある、自発的である…
そんな項目だったと思う。

そこのチェックがほしいが故に、人格を形成し、偽りの自分を作り上げていた中学生の私がいた。

その時はそれが悪いことだなんて思ってもなかった。自然と、そうしなければならないものなんだとすら思っていた。

私なのに私じゃない。

今思うと、可哀相だなとおもう。
世の中が決めた良い子になることが目標みたいな。
そういう思いこみが発生してしまうんだなぁと。
私なのに私じゃない。
私だけど私じゃない。

そんな私が七年前に形成されていた。

そういう私は結局、モロかったんだなぁと思う。
誰かが示した見本に従って作った人格は案外もろく、
震災、原発事故後、私は私を見失ってしまった。

未だに無意識の部分でもやもやしている気がする。

もっと自由に生きていいんだよ。と伝えたい。
なにも教えなくとも必要なことが本来なら学び取れるような社会である必要があるのに、この国はそこも十分でないから教育で雁字搦めにしてしまうんだろうね。

かなしいね。ほんとうに。

私の生き方は

私は20越えてから気がついた。
やり直しもまだなんとかなるくらいの年齢。

固定の仕事に就かず、
自由に好きなことをして、

ナチュラルな生活をこころがけて、

付き合うとか結婚するとかにとらわれない異性とのあり方を大切にして、

私らしいを自由に表現。

かたーい脳みそをやわらかーくさせて、

好きなように生きていく。

それが私の選んだ生き方。

いいんだよ。大人も子供も関係なく自由に生きよう。
愛に従って自由に生きれば、
道は自然と開けるから。