原発事故で自主避難した私の生き方

福島からの自主避難者である「しすたー」の想いや考えを伝えます。

音楽と共感覚

音楽

音楽というのは
私の中では人生のそばにあるもの
ひとつひとつの音楽を聞いただけで、当時のめり込んで聞いていたときの気持ちがふっとよみがえる。

匂いや色も同じ。

音や文字や人の色もそのときと違ったものを感じることも。

共感覚というらしいが。

なぜ泣いているのか?

ところで、今ふと思ったのは
放射能が赤だとするならば、
草木は緑。

ナウシカの世界だなと思う。
生と死を対照的にみたときにそれぞれがお互いを引きたてる。
より生を生とみせ、
より死を死と見せる。

放射能の中で生き生きともがきながらも生きる生き物を
美しいと思ってしまう。

死と隣り合わせでありながらも、
そこで賢明に生きる生き物は美しい。

でも、それが正しいことだとは思わない。

なんて、複雑なんだろうと思う。
自然と涙が流れてくる。
美しくて泣いているのか、
悔しくて泣いているのか、
よくわからない感情が沸いてくる。

空に答えはないのに、思わず見上げてしまう。
こたえがもらえるんじゃないかって。

感傷的になること

こんな気持ちで聴いている曲にはもう、
その感情の色や映像がのってしまう。

感傷的になることもあってもいいのだと思う。
むしろ、そこを端折ったり、
否定したりすれば、
やっぱり私たちはゆがんでしまうと思う。

どこかませたような、
年齢にあわない笑みを浮かべてしまうような。

だから、私も素直になれるときに思いっきり素直になろうと思う。

それが、私が今の私にできる一番のことだから。