「生きる覚悟」と「希望の光」~原発事故で自主避難した「15歳の少女」からの告発~

原発事故で自主避難者した経験から生き残る術を模索するブログ

もの申す

偏向取材なのかどうかはさておいて、こういう同年代もいるというのは紛れもない事実。

でも、私は思うのだけれども、
総人口に対する若者の人数って少ない。

若者の指摘をする前に自分達の年代がどうなのかということを考えてほしい。

同じ年代の安倍信者をどうすることもできない現状をどう考えているのか。

どの歴史も若者が声をあげることで変わってきたとは言うけれども、今の若者は常に「安心」
「安全」という場所を準備されてきた。私たちが子どものころ、何か新しいことに挑戦したいと言ったとき、「それはやめなさい」「どうせむり」「社会に出たこともないくせに」「信頼がない」などと言われ否定されてきた。

そうした中で若者は「新しいこと」に挑戦する気持ちを幼い頃から削がれてきている。それがゆとり教育の成果。綺麗事だけ教えて、不都合なことや社会の闇は教えない。知ろうとすれば「危ないから」「テストに出ないから」「私もわからない」などと言われ知る機会も奪われてきた世代。

そして、社会に出たとたんに「そんなことも知らんのか」「俺たちの世代はこれだけ苦労してきてこうやってきたんだ」という武勇伝やらマウンティングを受けまくる。

それを黙って、そうですね、そうですね、と聞いているしかない。何か言いたくても黙っているしかない。ぶつかればまた「どうせむり」やら「知らないくせに生意気」などと言われ人間関係がぼろぼろに。

KYという言葉が私たちの年代で話題になっていたのも、今となればなんだかすごくわかる。ゆとり教育の中で自由な感性でやりなさいと表面上は言われながらもいわゆる団塊の世代の教師陣から横並びの一律の成果が出せればそれでよいという精神論の詰め込みによって何か秀でていたり特徴があればKYと言われた。周りの空気を読まなければ、仲間はずれにされる、それが常だった。

なぜ声をあげない、なぜやらない。
と説教されても何にも言い返せない。
強いていうなら、
あなたたちがこうさせたんだ。
ということしかない。

打たれ弱いというより、トラウマなんだろうなと思う。何かしようとしたときに幼い頃から否定されて与えられたものだけやっていれば誉められるという環境が当たり前になっているから。そこから外れれば叱られ、差別され、いじめられてきたから。

若者の世代だけの問題だと思わないでほしい。
自分達の世代をゆっくり考えるような時間も今の若者にはない。政治に関心をもて、という多くの世代はバブルの時代の恩恵を受けてきた世代。三十代や四十代は団塊の世代の根性論をうまく受け継いでで頑張ってこれた人たちが成功していたりする人が多いが、団塊の世代と違うのは若い世代と団塊の世代に挟まれて辛い思いをしているということ。

両者の言い分がわかるから身動きがとれないという人が多い。でも、それでいて、若い私が三十代や四十代と話していてお兄ちゃん、お姉ちゃんという感覚で話がしやすいのは若者の感性をうまく上の年代に伝える架け橋をしてくれることもあるからなんだろう。生活保護を受ける人がこの世代に多いのも団塊の世代の根性論に押し潰されてしまったからなんだろうなと思う。本当に頑張ってきた人が多い。でも、その根性論=頑張りになっている人たちが上層部に固まっていて閉口してるひとも多いはず。

若者のいいところは、頑張り=根性論じゃないことを知っていること。
拳振り上げ、血尿、血便なんていうやり方は間違ってることを感覚的に知っている。
だからそうなる前にリタイアする。
感覚というのは魂の領域。
魂の声に沿って生きることをしようとすると、他の年代に夢見てるとかふわふわしすぎてると言われてしまう。
でも、その感覚を無視したらすでに心と身体がぼろぼろの若者が選ぶのは自殺。

若年層の自殺率はとんでもなく高い。

何で死ぬんだ?バカじゃないの?
と思ってる人たち。

背景を知ってから言ってほしい。

私は自殺を肯定することはしないが、ただただこの社会のシステムと闇に涙が出てくる。

若者の政治離れの根本は若者の問題ではない。悔い改めることなく癒してこなかったというツケがまわってきているだけ。

 

いい加減にしてほしい。

 

それは若者の心の声。

言わないだけ。

 

同調圧力のなか、安倍反対なんていえる?

いった瞬間に友達からも職場からも見放される環境でそれを言うのは覚悟が必要。

 

○○が嫌だ

 

という一言で

「根拠は?」「筋が通ってない」「なにも知らないくせに」

 

と幼い頃から言われ続けてきて、「私」を認めてもらえなかった子供たちは大人になって、自己肯定観の低い子供になった。

 

まぁ、それもそのはず、ずっとこの国では自己肯定観を削がれてきて、否定され続け、そんなことより根性だと言われてきたのだから。それこそ、大和魂

 

私は嫌だ。

 

この日本のシステムが。

 

でも今これをいうと、

 

だったらあんた、

 

日本から出れば?

 

と、言われる。

 

そう、嫌だと否定することすらゆるされない、今の社会はおかしい。

 

若者も落ち度はあるだろう。

でも、私は他の安倍支持の若者に勉強が足らんとか、なんかしろ、とかそんなことは絶対に言いたくない。

 

麻痺させられてるんだよね。

 

としか言えない。

 

若い世代が気がつくには団塊の世代が頭下げて涙流しながら若者と面と向かって話をするぐらいのことをしないと無理だろうと思う。

 

それか早く引退して三十代や四十代にバトンを渡して若者の気持ちを汲んだ社会作りを任せること。

 

いつまでも今までの社会を作ってきたことの過去の栄光にとらわれてバトンを握りしめたまま死ぬのはやめてほしい。

 

そのバトンはもうとっくに三十代や四十代に渡さなきゃいけないもの。

 

団塊の世代が本来やることは、これからの世代を応援するために迷惑を少なく過ごすこと。それは例えば年金を使って自分の老後のことは自分で何とかするぐらいの気持ち。

 

なぜなら二十代、三十代や四十代、にはもう団塊の世代を世話できるだけのお金もないしゆとりもないから。申し訳ないけれどもそこは自分でやってもらえたらむしろありがたい。でも、こんな本音、直接言える?団塊の世代に。ムリだよね。でもここで言うよ。だって、あまりにも若者がぁとか三十代や四十代にたいしての風当たりがあまりに強すぎるから。

 

今時の若者は???

あえて言おう

今時の団塊の世代は~