「生きる覚悟」と「希望の光」~原発事故で自主避難した「15歳の少女」からの告発~

原発事故で自主避難者した経験から生き残る術を模索するブログ

できること

農薬がぁ、遺伝子組み換えがぁ、と叫ぶことは容易。でも、「私がどうするか」「なにができるか」と考えたときに出てくる答えは「自分で作りたい」ということ。

 

 

農薬なんかは特に悲しいかな農家さんたちが頼らざるを得ない状況なのも承知。無農薬、オーガニックがいいことは農家さんの方がよくわかってるはず。

 

 

でも、それを続けないと「食べていけない」つまり、「お金にならない」「大量生産消費に間に合わない」という現状があるのだ。

北海道に来る前に、ある人からよく言われていたのは「システムや他人に色々文句を言うんじゃなくて自らそこから離れる努力をしなさい。それがこれから生きていく力になるから」と。

 

 

あれから四年。去年は大きな地震もあって初心に帰ったはずだった。でも、やっぱり私はこの「システム」に安住したい気持ちがある。

 

 

愚かしいなぁと思いながらも、それでも、できることからシフトしていくしかないと自分を励ます。

 

 

去年、オホーツク行きが流れたのも今となればよかったなぁと思う。まだ、札幌でやりたいことがあるし、やっぱりなんやかんやいって、札幌も好きなのだから。

 

 

でも、せめてもう少し土に近い生活がしたい。もっと自然に触れていたい。

 

 

私の師は怒っているだろうか…

悲しんでいるだろうか…

 

 

やっぱりまだ他人の目を気にして、モヤモヤしてる自分がいるんだなぁと思う。

 

 

札幌もそれなりに線量がある。

あまり、ここに長く滞在するのも本望ではないけれども、でも、根はここから動きたくないのだろう。

 

 

現実問題先立つものも無いから動くにも動けないのだけれども。