「生きる覚悟」と「希望の光」~原発事故で自主避難した「15歳の少女」からの告発~

原発事故で自主避難者した経験から生き残る術を模索するブログ

「原発事故を経験した15歳の少女からの告発」(仮)出版に向けて

こんばんは。しすたーです。

 

 

参議院選挙も近づき、ネットではれいわ新選組山本太郎)が話題となっています。ネトウヨもぐうの音が出ないとはこのことで、まっとうなことを言っているのでだれも太刀打ちができないというのがなんとも強み。

 

 

ここ数週間で改めて実感しているのは、いかに与党と野党(もちろんそうでない人もいてまとめてしまうことで語弊が生じると思いますがここでは便宜上このようにまとめています)が「チープ」なことしかやってこなかったのかということ。いかにもやってます、というパフォだけしてはい、解散。

 

 

いいかげんにしろ、というのが私の心のこえ。

 

 

いい加減にしろ、というのも、私のこの気持ちの最大のきっかけは原発事故だった。あのとき私は15歳でした。福島県伊達市というところにいました。

 

 

かれこれ、去年から北海道を中心にして講演会を行ってきました。もう20回近い講演会を行ってきました。

 

 

高校生のときから自分が経験したことをブログに書き綴ってきましたが、一時、自分は「過去のこと」よりも「未来のこと」をもっと考える「べき」だと思い、途中で書き綴るのをやめてしまった時期があります。

 

 

日記の書き起こし作業をしていたわけですが、途中で書き起こすのをやめたのは、自分の方向性が定まっていないことによる不安や、恐れが多くあったからです。

 

 

今日、こうして久しぶりに本格的に自分の気持ちを書こうと思ったのは、他でもなく、もう、後がないから、いい加減に私も覚悟を決めて、手記を公開すべきだということに思い立ったからです。

 

 

一年半、講演会活動をしてきて、多くの人から言われたのが、

「そんなこと知らなかった」

「何も言えません」

「本当に申し訳ない」

「大人としての責任を感じる」

「哲学的で素晴らしいと思った」

という言葉でした。

 

 

 

そして、同年代の子達もたまに講演会に来てくれるのですが、

その場合には

「生きていてよかったんだよね」

「本当に苦労してきたんだね」

「未来に向けて諦めないことが大切なんだね」

という言葉がきかれます。

 

 

同年代の子達は自分たちが苦労してきたことを自認していないケースも少なくありません。ベースが苦難である同年代たちからすれば、そこから緩やかに状況が悪くなっているくらいの認識しかなく、感覚がことごとく麻痺していることもすくなくありません。

 

 

そうした恐ろしい構造を打開して目を覚ますきっかけになるというのが私の講演会なんだなとこの一年半で感じています。

 

 

前は自分の手記がどのくらい反響が在るのかということが心配要素でした。

しかし、今となればそんなこともどうでもいいというのが正直なところです。

 

 

とりあえず、書いて出す。

 

 

ということしか今は考えてません。

 

 

私が当時経験したことを話すということは

「告発」になります。

 

 

国はじめ、大人たちがみたくなかったことを

「告発」するのです。

 

 

それが当時の15歳の私の気持ちに報いるために私ができることでもありますし、七代先までの子どもたちのためにできることでもあるだろうと思っています。

 

 

7代先までも続くかわからないという気持ちもありますが、先がどうなるかどうかはその時になってからわかることで、今は今しかできないことをするしかないのです。

 

 

 

タイトル案は

原発事故を経験した15歳の少女からの告発」

内容は

原発事故を経験した私が考えたこと、感じたこと、心身霊魂におこったことを語ります。

 

もちろん、個人的なこと過ぎて公開できないこともあるでしょう。

しかし、それでも、書かなければという気持ちもあります。

 

 

どこまでできるかは自分と相談しますが、出版に向けて動きます。

 

 

ひとまず

選挙。全国比例区は、山本太郎、れいわ、または、おしどりマコで投票していただければと思います。

必ず勝ちましょう。

 

 

どうぞよろしくお願いいたします。