「生きる覚悟」と「希望の光」~原発事故で自主避難した「15歳の少女」からの告発~

原発事故で自主避難者した経験から生き残る術を模索するブログ

ちょっと落ち着こう

誰をどう推していてもいいのだけれども、「真髄」を見失わないようにしたいところだなぁと感じる今日この頃です。

 

 

日本人の持つ根本的な問題を解決することは「生きる覚悟」を持つことになる。それは少なからず「痛みを伴う」ことも理解する必要があるでしょう。

 

 

 

こんなことになるなんて、とあとから手のひらを返す人も出てくるだろうとも思う。でも、それもまたひとつの流れであり賭けでもあるだろうと思う。

 

 

 

いずれにしても「私は私」の軸を見失わず、行先をしっかりと見据えて生きたい。生きることから離れずに、前に進みたい。

 

 

 

ということを考えて今日は泣いた。よかった。スッキリ。

 

 

どこかの宗教みたくなりやすいのがこの国の特徴。自分が無いから人に依存しやすい。陶酔してあたかも自分が相手であるかのように錯覚する。

 

 

 

だから、I am not ABEというのも、太郎と共に、というのもひとつ間違えればそういうことと一緒になる。

 

 

 

自分が無い。自己肯定感の低さが結局、人々の気を狂わせる。大切なところから離れてふわふわしたなにかになろうとする。

 

 

 

 

太郎さんはこういってるけど「あなたは」どう思うの?安倍さんはこういってるけど「あなたは」どう思うの?

 

 

 

結局そこが無いことによる「支持」も「不支持」も大して変わらないんだろう。

 

 

 

 

この木の根幹は政治じゃない、ということはそういうことを意味している。この木の根幹は人々の魂や心の方。

 

 

 

いい加減に目を覚ませと言われているんだなぁと思って今日の午前中は胸が苦しかった。